重石おもし)” の例文
死体があがらないといった、けさのひと言が重石おもしになり、そうして立っていても、ぼんやりと青年の追憶にふけっている瞬間がある。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それに対したのが気軽そうな宗匠振そうじょうぶり朽色くちいろの麻の衣服に、黒絽くろろ十徳じっとくを、これも脱いで、矢張飛ばぬ様に瓢箪ひょうたん重石おもしに据えていた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
行きあう人の顔も、見おぼえがなかった。まるで遠い国へきたような心細さが、みんなの胸の中にだんだん、重石おもしのようにしずんでいく。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
かの女のかぼそい首筋には巨大な重石おもしが、ふっくりつぼみのように膨らんだかの女の双乳もろちを隠すばかりに結びつけられてある。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
松の木の上からタクアンの重石おもしのような石が落ちてきたり、自宅の前へきてヤレヤレと思うと屋根の上から大きな石がころがり落ちたりする。
たとえばれても、あの連中のことだから、平気の平左かもしれないが、死体にはしっかり重石おもしをつけて、沖から投げこんだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
十二時頃ででもあったであろうか、ウトウトしかけていると、裏の井戸で、重石おもしか何か墜ちたようにすさまじい水音がした。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
義元の帷幕いばくでは、雷鳴のしているうちは、むしろ爽快として笑いどよめいていた。烈風が、ふきつのって来ても、四方のとばりのすそに重石おもしを置かせ
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狭い日本に張りつめたこの重石おもしは、先頃発表されたポツダム会議の決定によれば、直ちにとりのぞかれ、粉砕されるべきものとして示されている。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうして読み終るともとの通りに丁寧に折り畳んで、丸卓子テーブルの真中に置いて、その上から角砂糖入れを重石おもしに置いた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
美濃紙みのがみ一枚に、学校のお清書の如く「公徳を重んぜよ」と大書して、夜になってその切取工事をしている所へ、四隅に重石おもしをして拡げて置いたものである。
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
それが出来たら、鮨桶でも飯櫃でもいゝ、中をカラカラに乾かしておいて、小口から隙間のないように鮨を詰め、押蓋おしぶたを置いて漬物石ぐらいな重石おもしを載せる。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この間に多治見の郎党ばらは、館の四方の門をかため、かんぬきをかい重石おもしを宛てがい、籠城の手筈をととのえた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
泥鰌どじょうも百匁ぐらいずつ買って、猫にかかられぬようにおけ重石おもしをしてゴチャゴチャ入れておいた。十ぴきぐらいずつを自分でさいて、鶏卵たまごを引いて煮て食った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
天使たちが、お前を見すてなかったのね。……ああ、わたしの胸や肩から、この重石おもしがとりのけられたら! わたしの過去を、きれいに忘れることができたら!
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
何とかする段には仕方はいくらでもある。仕方が無ければ手も引込めて居るのだが、仕方が有るから手が出したくなる。然し氏郷という重石おもしは可なり重そうである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まるで何かの犯罪が重石おもしのように、わたしの魂にのしかかっているようなあんばいだった。
砂利じゃり玉石たまいしは玉川最寄もよりから来るが、沢庵たくあん重石おもし以上は上流青梅あおめ方角から来る。一貫目一銭五厘の相場そうばだ。えらんだ石をはかりにかけさせて居たら、土方体どかたていの男が通りかゝって眼をみは
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「この屋根は半刻はんときもめえからばきばきいってるんだ、おれがこうして重石おもしになってるからいいようなもんの、おれがどいてみねえ、いっぺんにひんくられて飛んでっちまうから」
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ある日、吉原公園の池の際にあった吉原の鳶頭とびがしらの家の前で友達と遊んでいたときに、私はそこに転してあった土木作業に使う鉄の重石おもしのようなものを、過って右足のうえに落した。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
この暑さと云ったら暑さが重石おもしに成って、人間を、ずんと上から圧付おしつけるようです。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
重石おもしをつり下げたような腰部の鈍痛ばかりでなく、脚部は抜けるようにだるく冷え、肩は動かすたびごとにめりめり音がするかと思うほど固く凝り、頭のしんは絶え間なくぎりぎりと痛んで
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それを重石おもしを強くしてこうじでつけたもので、非常にうまい漬け物である。
かぶらずし (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
これがまた、父の伊太夫を喜ばすことは前述の如く、この暴女王の絶対権に支配されていた以前の小作たちから圧迫の重石おもしを除いて、鬼のいぬ間という機会を与えた善根になるというものです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
石松は死骸の傍に転がされた、沢庵たくあん重石おもしほどの石を指します。
重石おもしで圧迫されてゐる
「白川幸次郎の妻」の一件は、二宮に知らせずに無事におさめたが、臨終の告知は、息苦しい重石おもしになって心のなかに残った。
雲の小径 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
甲斐性かいしょうがなさすぎるではないか。二人とも小気な人間なのだ。しかも結局は女の側にだけ最後の重石おもしがかかってくるのだ。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
農家の建築は一般に木片こつぱで葺いた屋根の上へまるで沢庵の重石おもしのやうに人頭大の石を並べたものであるが、これは恐らく風雪の被害を避ける最も安直な手段なのだらう。
汝一人に重石おもしを背負つて左様沈まれて仕舞ふては源太が男になれるかやい、詰らぬ思案に身を退て馬鹿にさへなつて居れば可いとは、分別が摯実くすみ過ぎて至当もつともとは云はれまいぞ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
……それはわたしのくびに結えつけられた重石おもしで、その道づれになってわたしは、ぐんぐん沈んで行くけれど、やっぱりその重石が思いきれず、それがないじゃ生きて行けないの。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
この心を見物衆の重石おもしに置いて、呼吸いきを練り、気を鍛え、やがて、くだんの白蔵主。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この通りはからっ風が強いのか、ぼろ隠しのような布の下には重石おもしがつけてある。石は囚人を縛るような麻縄あさなわでからげてある。ぶた腹綿はらわたを焼いている煙が、もくもくと布の間から立ちのぼっている。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
石松は死骸の傍に轉がされた、澤庵たくあん重石おもしほどの石を指します。
数馬さんとやらの死体の処置に困って、六平にそっとかつぎ出させ、このへんならまず皀莢河岸さいかちがし重石おもしでもつけて濠の深みへ沈めたというわけ。よくあるやつですな。
汝一人に重石おもし背負しょってそう沈まれてしもうては源太が男になれるかやい、つまらぬ思案に身を退いて馬鹿にさえなって居ればよいとは、分別が摯実くすみ過ぎて至当もっともとは云われまいぞ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あたまごなしにやりつける身分になったが、ひっこみ思案のところへ、苦労性ときているので、権勢の重石おもしにおしひしがれ、失策ばかり恐れて、ほとほとにやつれてしまった。
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
鶴がかんばしった声でさけんだ。血走った眼で乾を睨みつけながら、妙に重石おもしのついた声で
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「あたしが重石おもしじゃ、あなたが、泳げそうもないから」
川波 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その親切が重石おもしになり、あるにあられぬ思いがした。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そのひとことが、たいへんな重石おもしになってしまった。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)