茅屋ぼうおく)” の例文
私は、あの頃のまゝの姿で、今や追はれ追はれて、名前も知らなかつた東京のとある郊外の茅屋ぼうおくに、仮屋して佗しい日を送つてゐる。
環魚洞風景 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
余がむかし越後えちごにいて、ある田舎の妖怪屋敷を探検したことがある。その家は大なる茅屋ぼうおくにして、裏には深林と墓場とがあるのみだ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
茶室は茅屋ぼうおくに過ぎない——茶室の簡素純潔——茶室の構造における象徴主義——茶室の装飾法——外界のわずらわしさを遠ざかった聖堂
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
もやに隔てられてぼんやり見えてるゴチック式の塔のある小さな町を、茅屋ぼうおくの立ち並んでる丘を、霜氷に白くなって湯気の立ってる牧場を。
……それは藁葺わらぶきの茅屋ぼうおくで、裏の方には汚らしい牛小屋だの、鳥や鵞鳥を入れて庇のようなものがついている。内部は二間に仕切られていた。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
亀井戸かめいど金糸堀きんしぼりのあたりから木下川辺きねがわへんへかけて、水田と立木と茅屋ぼうおくとが趣をなしているぐあいは武蔵野の一領分いちりょうぶんである。ことに富士でわかる。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ただプツプツとけむるばかり、けむり茅屋ぼうおくのまわりにただようている。源四郎はそれにもかかわらず、どしどしといやがうえにごみをのせかける。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
『お小夜どの。今、茅屋ぼうおくから取って来たこの備前長船びぜんおさふねは、自慢ではないが、すばらしく斬れますぞ。御安心なさるがよい』
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この間、僕は東京郊外の茅屋ぼうおく蟄居ちっきょして、息づまる思いで世の激しい転変をながめていた。東京はおおかた廃墟はいきょと化した。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
彼はその特産植物誌と銅版と植物標本と紙ばさみと書物とを持って、サルペートリエール救済院の近くに、オーステルリッツ村の茅屋ぼうおくに居を定めた。
余はもとより日本全体の利益と幸福とを目的として議論をなすものなり。しかれどもその議論の標準なるものはただ一の茅屋ぼうおく中に住するの人民これなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
舞台には渓流けいりゅうあり、断崖だんがいあり、宮殿きゅうでんあり、茅屋ぼうおくあり、春のさくら、秋の紅葉もみじ、それらを取り取りに生かして使える。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
薄倖多病の才人が都門の栄華をよそにして海辺かいへん茅屋ぼうおく松風しょうふうを聴くという仮設的哀愁の生活をば、いかにも稚気ちきを帯びた調子でかつ厭味いやみらしく飾って書いてある。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
茅屋ぼうおくも金殿玉楼と思いなしていおとずれた、その当時はまだ若盛りであった、明治文壇の諸先輩の名をつらねることも、忘れてならない一事だろうと、ほんの
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
照りはせぬけれどもおだやかな花ぐもりの好い暖い日であった。三先輩は打揃うちそろって茅屋ぼうおくうてくれた。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大「何はなくとも折角の御入来ごじゅうらいもとより斯様な茅屋ぼうおくなれば別に差上さしあげるようなお下物さかなもありませんが、一寸ちょっと詰らん支度を申し付けて置きましたから、一口上ってお帰りを」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
うちうめかれしをお出入でいり槖駝師たくだしそれなるものうけたまはりて、拙郎やつがれ谷中やなか茅屋ぼうおくせきれしみづ風流みやびやかなるはきものから、紅塵千丈こうじんせんぢやう市中まちなかならねばすゞしきかげもすこしはあり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
都会の新式の家にすむ知識階級の母親から、農村の茅屋ぼうおくにすんでいる母親まで、赤ん坊や幼児おさなごの強い自力に気がついていないことにおいては、全然同一ではないかと思われます。
おさなごを発見せよ (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
黙々とした茅屋ぼうおくの黒い影。銀色に浮かび出ている竹藪の闇。それだけ。わけもなく簡単な黒と白のイメイジである。しかしなんという言いあらわしがたい感情に包まれた風景か。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
かなり古い家らしく壁はげ落ち、柱は虫に食われ、ほとんど修理の仕様も無いほどの茅屋ぼうおくを買いとって自分に与え、六十に近いひどい赤毛の醜い女中をひとり附けてくれました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
大隈、徳川、鍋島、前田、三井、岩崎など、当時の華族の御曹司も、なかなか熱心なファンぞろいで、私の茅屋ぼうおくへ自動車を乗りつけて、近所のおかみさんを、びっくりさせる人もあった。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
本所業平なりひら陋巷ろうこう、なめくじばかりやたらにいる茅屋ぼうおくにいて、その大きい大きいなめくじはなんと塩をかけると溶けるどころかピョイと首を振ってその塩を振り落としてしまうというのである。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
立派なシナ商人の邸宅が土人の茅屋ぼうおくと対照して何事かを思わせる。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
僕が頭を下げて行った先々の人間達は、いわゆるフォイエルバッハの大邸宅だいていたくと名づけられるような、中では茅屋ぼうおくにある場合と違った考えを人達はしているものだ、で、全くもってムザンでありすぎる。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
茶室(数寄屋すきや)は単なる小家で、それ以外のものをてらうものではない、いわゆる茅屋ぼうおくに過ぎない。数寄屋の原義は「好き家」である。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
「まあよろしいではございませぬか、この見苦しい茅屋ぼうおくへ、お嬢様からお運び下さるなんて、光栄とも冥加みょうが至極しごくとも、いいようのないうれしさでござる」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宮廷のそれも茅屋ぼうおくのそれも、ヘクーバから鵞鳥婆がちょうばあさんまで(訳者注 イリヤッドと千一夜物語の中の老婆)
その茅屋ぼうおくを結ぶにはみずから木挽・大工・石工・泥匠とならざるべからざるところのかのロビンソン・クルーソーを学ばざるべからざらしめたり。それかくのごとし。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
茅屋ぼうおくのほとりにある大きな枯れたくさむらは、長い年代のために消えてしまってる燃ゆるいばらであった。
家が焼けかかって幸いに消しとめたる場合には、仮に小さき茅屋ぼうおくの形を造ってこれを焼く。そのことを火返しと申している。また、屋根瓦の中に獅子しし面貌めんぼうをなせるものがある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
片側は広く開けて野菜圃やさいばたけでも続いているのか、其間に折々小さい茅屋ぼうおくが点在している。他の片側は立派な丈の高い塀つづき、それに沿うて小溝が廻されている、大家たいかの裏側通りである。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自分は二十九年の秋の初めから春の初めまで、渋谷しぶや村の小さな茅屋ぼうおくに住んでいた。自分がかの望みを起こしたのもその時のこと、また秋から冬の事のみを今書くというのもそのわけである。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
見る蔭もない茅屋ぼうおく佗住居わびずまいを致して居ります、此のとも幾久しく……
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
郿塢城びうじょうへお還りある日は、満城を挙げて、お慰みを捧げましょうが、また時には、茅屋ぼうおくの粗宴も、お気が変って、かえってお慰みになるかと思われます。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その道程の間彼は、何をなし、何を考えていたか? 朝の時と同じく、樹木や、茅屋ぼうおくの屋根や、耕された畑や、道を曲がるたびに開けてゆく景色の変化を、ながめていた。
それ驕奢品なるものは必要品の需用を飽かしめたるののちにおいてすべし。いまだ茅屋ぼうおくのうちにありて大門高墻こうしょうを作るものあらず。いまだ飢餓に瀕して羊肉・葡萄酒をうものあらず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
余が十勝にてアイヌの茅屋ぼうおくをたずねたときに、中央の炉の中に、木を削りて造りたる御幣ごへいのごときものを立ててあった。彼らはこれを神として崇拝しているらしい。また、彼らは熊を神と申している。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「一睡のうちに、かかる神雲が、茅屋ぼうおく廂下しょうかに降りていようなどとは、夢にもおぼえず、まことに、無礼な態をお目にかけました。どうか、悪しからず」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後に一つの戸口すなわち一つの開き口だけを持ってる茅屋ぼうおくが三十四万六千戸あります。
それは軒低い貧しげなこぢんまりした茅屋ぼうおくであって、正面にぶどう棚がつけられていた。
「門前に、父が出て、お待ちしておりまする。——あの茅屋ぼうおくでございます」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『大坂見物の折には、茅屋ぼうおくを宿として下さい。角の芝居にも近いし』
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)