自嘲じちょう)” の例文
死ぬるばかりの猛省と自嘲じちょうと恐怖の中で、死にもせず私は、身勝手な、遺書と称する一れんの作品に凝っていた。これが出来たならば。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もち前のとり澄まし方に、じっとえていた泰子は、忠盛が、自嘲じちょうを発すると、むかと、顔に血をうごかして、すぐ反撥して来た。
詩を書いていた時分に対する回想は、未練から哀傷あいしょうとなり、哀傷から自嘲じちょうとなった。人の詩を読む興味もまったく失われた。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
自嘲じちょうしたり、自惚たりしているうちに、ようやく陶然とうぜんと酔ってきた。——そして、いつの間にかグッスリ睡ったものらしい。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「親子相愛そうあい生活の姿は可愛いな」と賞めるかたわら、その本能的ほんのうてきかつ盲目的なることにおいて、我々はあまり鳥後に落ちないと自嘲じちょうしたくなる。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
当然自己のものになしうるはずの人を主君にゆずった自分は広量なものだと嫉妬しっとに似た心で自嘲じちょうもし、羨望せんぼうもしていた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
深喜の顔が自嘲じちょうに歪み、眼がするどく、苛立いらだたしげに光った。彼は立って納戸をあけ、手文庫の中から紙入れを出した。中に一分と、少しあった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あらゆる自嘲じちょう独白モノローグをくり返しながら、いつの間にやらその『醜悪』な空想をすでに一つの計画のように考え慣れてしまった、そのくせ相変わらず
こうした日蔭者ひかげものの気楽さにれてしまうと、今更何をしようという野心もなく、それかと言って自分の愚かさを自嘲じちょうするほどの感情の熾烈しれつさもなく
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あう——ウア! 欠伸あくびの合唱、源三郎の欠伸と門之丞の欠伸とがいっしょだったので、源三郎自嘲じちょう的な笑いを洩らし
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
これもその時兄さんの口から出た自嘲じちょうの言葉でした。はたして兄さんは着いた晩からして、やかましい隣室の客を我慢しなければならなくなりました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自嘲じちょう的な口調でいってその手紙を悠吉の方にすべらせた。悠吉がよむ間に机の上の辞苑をぱらぱらとめくった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
M君は標準語と土地言葉をチャンポンにしながら、自嘲じちょうを交ぜたこの土地人らしい豪傑風ごうけつふうなわらい方をした。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
同時にそういう御自分を自嘲じちょうせられるような、いかにも痛々しい感じのするお便りばかりをいただいていた。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しかし、すぐそのあとにかれの心をおそったものは、めいるようなさびしさであり、虚無的きょむてき自嘲じちょうであった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「愚に耐えよ」という言葉は、自嘲じちょうでなくして憤怒ふんぬであり、悲痛なセンチメントの調しらべを帯びてる。蕪村は極めて温厚篤実の人であった。しかもその人にしてこの句あり。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
自嘲じちょう的に)「とまあいった次第で、つまりそのありまして、そのう、ええと……」
傾いた家運を自嘲じちょうするように、常右衛門の唇には、淡い淋しい笑いが浮びました。
蓬莱町まで行きながら又引き返して来た自分のぶざまな恰好を私は自嘲じちょうした。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
末期的江戸気質タイプを充分にもった、ものわかりはよいが深い考えのない、自嘲じちょう的皮肉に富んだ、気軽で、人情深くユーモアな彼は、なんとしても自分が法律なんぞという畑の人間でないことを
何んの、と、すては自嘲じちょうしてにが笑いをして見せた。
こんどは、哄然こうぜんたる声を、官兵衛は暗やみへ放った。そして詩でも吟じるがごとく、自嘲じちょうの感を、ひとり壁に向って云っていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自嘲じちょう的な思いに眠りなどにははいりきれなかった源氏は物音にすぐ目をさまして人の近づいて来るのを知ったのである。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
兄さんは御自分の顔の黒いのを、時々自嘲じちょうなさっているが、僕は、兄さんのように浅黒くて陰影の多い顔を好きだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「こっちはその金を六つ取って、一つ返すような馬鹿ときている」横になって彼は自嘲じちょうするよう呟やいた
七日七夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丁度我が石川啄木たくぼくが、自分で詩人であることを自嘲じちょうしつつ、生涯慰められないで詩を書いていた。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
それは後悔こうかいでもあり、自嘲じちょうでもあり、いかりでもあった。かれは浴室に立ちこめた湯気ゆげの中にじっと裸身らしんえ、ながいこと、だれの眼にも見えない孤独こどく狂乱きょうらんを演じていたのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
自嘲じちょうして、お酒をまた一口のんで、長いまばらな黄歯きばを出して見せて
と思わず左膳が、自嘲じちょうに似たつぶやきを洩らした刹那せつな
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
自嘲じちょうが、苦々しく心に浮んで来た。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
さんとして独りいでは飲み、注いでは飲み、やがてその大酔を自嘲じちょうぜて、思わずも一詩を胸にかもしていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お民は客を送りだして、あと片付けに戻ったまま、小窓にって、自嘲じちょうするようにこうつぶやいた。
初蕾 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
田舎者と笑われはせぬかと幾度となく躊躇ちゅうちょした後、とうとう一部、うむと決意し、ことさらに乱暴な自嘲じちょうの口調で買い求め、それを懐中しすさんだ歩きかたで下宿へ帰った。
封を切る時に、かすかながらもある期待をかけていた自分のあまさに対する自嘲じちょうが、そのにがさと冷たさとを倍加した。かれの眼は、しかし、そうであればあるほどするどく手紙の上に光っていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
信長は、自嘲じちょうをもって、自身のつぶやきを結んだ。しかし一たん噛みしめていた唇をひらくと、かたわらにいた佐久間右衛門にたいして、こういう酷命こくめいひややかに下した。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君は、そんな自嘲じちょうの言葉で人に甘えて、君自身の怠惰と傲慢をごまかそうとしているだけです。ちょっと地味に見えながらも、君ほど自我の強い男は、めったにありません。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
「だが——」と平八はそこで自嘲じちょうするように唇をゆがめ、足がこれではね、と低い声で笑った。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
世辞よく、馬から降りて、そこで利家の顔を見ると、まず自嘲じちょうするように、こう大声で云った。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お笑いぐさだな」と彼は自嘲じちょうするように云った、「こんなときに風邪をひくなんて」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
屡々しばしば、自分で何をかいたのかあきれる有様。近頃の句一つ。自嘲じちょう。歯こぼれし口のさぶさや三ッ日月。やっぱり四五日中にそちらに行ってみたく思うが如何いかが? 不一。黒田重治。太宰治様。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「年貢だけに頼っていては、武家の経済はやってゆけなくなる。なにか他に年収のみちを計らなければならない、そう考えた手始めにやってみたのだが」甲斐は自嘲じちょうするように云った
ときどき自嘲じちょうなさいますけれど、このごろは仕事も多く、百円、二百円と、まとまった大金がはいって来て、せんだっても、伊豆の温泉につれていっていただいたほどなのに、それでもあの人は
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
『……ふ、ふ。そうか。それだけのものか』と、自嘲じちょうして——
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まだ自然だけは生きていますからね」と竹中は自嘲じちょうするように口を歪めた
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それは、つねに自嘲じちょうを抱いて生きている人の声のようだった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「めそめそしてみせればよかったのか」忠太は自嘲じちょうするように唇をゆがめた
源蔵ヶ原 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は、自嘲じちょうをもらして、どこか淋しげに意中を語った。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「甘くみすぎたのが悪かったのよ、だって疑わしいようなところはこれっぱかしもないんだもの」おしのは自嘲じちょうするように、鼻の頭へしわをよせた。「——それなによ、また子供へ縫ってやるのね」
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一歩一歩、階を降りつつ、彼は自嘲じちょうを抱いていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やけでも、自嘲じちょうでもなく、自分の気持を正直に述べたのである。
あだこ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)