腐爛ふらん)” の例文
これはみな、宋朝そうちょう腐爛ふらんの悪世相が、下天げてんに描きだしつつある必然な外道げどうの図絵だ——。これを人心のすさびと嘆くも、おろかであろう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下人げにんは、それらの死骸の腐爛ふらんした臭気に思わず、鼻をおおった。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのために無数の口碑が伝わっている。あらゆる種類の幽鬼がその長い寂しい地郭に住んでいる。至る所に腐爛ふらんと悪気とがある。
その中に遺骸は直ちに自宅へ引取るはずだったが、余り腐爛ふらんしているので余儀なく直ちに火葬場へ送棺したと知らせて来た。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
死後数日を経た腐爛ふらん死体は、何とも云えぬ悪臭を放って、触ればズルズルと皮膚がめくれて来そうで、着物を脱がせるのにひどく骨が折れた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこにはもはや、永久の暗黒と窒息とがあるのみである。しかも外部に置かれた者すらも、内部より発散する腐爛ふらんの気に悩まされざるを得ない。
二人とも死後二、三週間ばかりと推定されましたが、ジーナの方は、スパセニアと違って見るから無残に腐爛ふらんして……。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
間もなく二梃の鍬は、腐爛ふらんしてしまつた男の死骸を一つ掘り出しました。町役人を呼んで、丸屋に使ひをやると、お留と要吉が飛んで來ます。一と目
泥と血とで成った惨めな人間、いたずらな努力を尽して生命を取り止めようとしても、生命は刻々に腐爛ふらんしてゆく。
はるになつてゆき次第しだいけた或日あるひ墓場はかばそばがけあたりに、腐爛ふらんした二つの死骸しがい見付みつかつた。れは老婆らうばと、をとことで、故殺こさつ形跡けいせきさへるのであつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
大方おおかたかゆいのだろうけれども、たださえあんなに赤くなっているものを、こうこすってはたまるまい。遠からぬうちに塩鯛しおだいの眼玉のごとく腐爛ふらんするにきまってる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は十六日間責め通されてなお改宗をがえんじないのだ。彼の全身はことごと腐爛ふらんし、口も眼も鼻もらい患者のようにただれ、彼より発するえ難い悪臭が恐ろしく鼻をつく。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
手短かに言えば、死体が急速に腐爛ふらんするように想像されたので、葬儀は急いで行われたのであった。
馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛ふらんしてうじが湧き、たまらなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。
桜の樹の下には (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
のみならず、焼け残りの部分が様々な恰好で、焦土の所々に黄色く残っているところは、ちょうど焼死体の腐爛ふらんした皮膚を見るようで、薄気味悪く思われるのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
最早ジョンの死体は死因を確かめることが出来ぬほどに半ば腐爛ふらんしていた。別に打撲傷というようなものもなかった。竹駒様のたたりだ! 部落中むらじゅうにそんなうわさが起こった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その子が生きていたときとおなじようなたわむれをされながら、その肉が腐爛ふらんするのをおしんで、肉を食い骨をしゃぶって、とうとうすっかり食いつくしてしまったのです。
うじや蠅に取りつかれている腐爛ふらんした「死体」ではないか、そんな不気味さを感じた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
順作は恐ろしいが見ずには往けないので、こわごわ入って往って人びとの間からのぞいた。そこには一つのかめを横に倒した処に見覚えのあるおめし羽織はおりを着た女の腐爛ふらんした死体が横たわっていた。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
腐爛ふらんしてゆく肉体のことが、わたくしの念頭につきまとって、どうしても離れません。たとえその肉体は腐っていても、在りし日の面影は認められるであろう。わたくしにはそんな気がいたしました。
(新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
誰がこの腐爛ふらんした状態から工藝を救い起すであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その肉塊はそれほど損傷し、腐爛ふらんしていた。
晩秋の十日間では、まだ形がくずれる程腐爛ふらんはしていない。だが、腐爛よりも、うじ虫よりももっと恐ろしい現象が、二つの死体に起っていた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
天下一統の大業を完成して、後漢の代を興した光武帝から、今は二百余年を経、宮府の内外にはまた、ようやく腐爛ふらん崩壊ほうかいちょうがあらわれてきた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見ると、猪熊いのくまの小路のあたり、とある網代あじろへいの下に腐爛ふらんした子供の死骸しがいが二つ、裸のまま、積み重ねて捨ててある。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
間もなく二梃の鍬は、腐爛ふらんしてしまった男の死骸を一つ掘り出しました。町役人を呼んで、丸屋に使いをやると、お留と要吉が飛んで来ます。一と目
はるになってゆき次第しだいけた或日あるひ墓場はかばそばがけあたりに、腐爛ふらんした二つの死骸しがい見付みつかった。それは老婆ろうばと、おとことで、故殺こさつ形跡けいせきさえあるのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼はまだ墓地へはいろうと決心することができないでいた。彼は幼い時からその腐爛ふらんの畑地に嫌悪けんおを感じていて、愛する人々の面影をそこに結びつけることが嫌だった。
その恐ろしい腐爛ふらんの地域を探険しようという考えは、警察の人々にも起こらなかった。
しかし、フランスの輝かしい空気を呼吸することによって祖国の重苦しい空気を忘れんとした彼は、いわゆる光の国の主都パリーにおいて何を見出したか。それは腐爛ふらんした文明の臭気であった。
もうひどく腐爛ふらんして血魂が固まりついている死骸が、そこにいた人々の眼前にすっくと立った。その頭の上に、赤い口を大きくあけ、爛々たる片眼かためを光らせて、あのいまわしい獣がすわっていた。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
日没の、血紅の雲をうつしてまっ赤に染った沼土は、さながら腐爛ふらん物のごとく毒々しく美しい。と、彼のからだがスイと浮き木を離れ、ずぶりと泥にはまったかと思うと、たちまち見えなくなった。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
(自分のかばねは、都の西郊に捨てて、世の色餓鬼いろがきたちの見せ物に与えてください。腐爛ふらんしたわたくしのきがらを見た人は、おそらく何か考えることがありましょう)
その暴風は久しい前から準備されたものだった。低級な思想、卑しい妥協、また彼が数か月来住んでいた腐爛ふらん空粗な雰囲気ふんいきなどにたいして、早晩反動が来るべきであった。
下人は、それらの屍骸の腐爛ふらんした臭氣に思はず、はなを掩つた。しかし、その手は、次の瞬間しゆんかんには、もう鼻を掩ふ事を忘れてゐた。或る強い感情かんじやうが、殆悉この男の嗅覺を奪つてしまつたからである。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これで地に人間の争いがなく、宋朝そうちょうまつり腐爛ふらんさえなければ、この世はそっくり天国なのだが。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを消そうと努める害悪な息吹いぶきに反抗して、必死に守っているのだ——異人種どもの腐爛ふらんした雰囲気ふんいきを周囲に感じながら、常に孤独であって、彼らからはえの群れのように思想によりたかられ
建武いらい武家はむかしの下種げすとみなされ、公卿専横の御支配もすでに腐爛ふらんの状にある。みちのく、北陸、五畿ごき、山陰山陽、武家の不平の声なき所はなく、九州とても鬱勃うつぼつは久しかろう。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紅蓮の下にも、白蓮の根元にも、腐爛ふらんした人間の死骸がいっぱいだよ。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
琵琶亭そのものも人間も、すべては現実の腐爛ふらんと濁流中のものだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)