知辺しるべ)” の例文
旧字:知邊
片鬢かたびんの禿げた乞食のおやじが、中気で身動きも出来なくなったのを、綺麗な若い女が来て、知辺しるべの者だからと引取って行ったそうですよ。
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
七宝寺に戻って、以前からの知辺しるべといえば、やはり誰よりもおばばとが濃い仲だった。そのおばばはまた、朝晩に七宝寺を見舞って
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
芳賀博士はこの頃倫敦ロンドンで重い眼病にかゝつて、うやら盲目めくらになつたらしいが、知辺しるべの少い旅先での病気は誠に気の毒に堪へられない。
さるはひとり夫のみならず、本家の両親をはじめ親属知辺しるべに至るまで一般に彼の病身をあはれみて、おとなしき嫁よとそやさぬはあらず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
三郎次は喜びまして、誰一人知辺しるべのない都の中で、こんな親切な人にうのは、地獄で仏に逢うようなものだと思いました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
幸いに私は貴族の家(釈迦堂しゃかどうの前の大家)に知辺しるべがあったものですから、その家の窓から投秘剣会を見ることが出来ました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かけられて、尋常では解くに由なき立場にいるらしいから、いっそ駒井氏の知辺しるべをもって、藩の上の方へ貰い下げ運動を
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これを徳として年々礼儀を欠ず頼もしき者なればとて、外に知辺しるべもなければこの人を便りとしたりしなり。
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
「はい、実は梅田うめだ停車場の裏の方に、少々知辺しるべがありますから、行って泊めて貰おうかと思っています」
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
一度日本橋で、著者の家族三人、電車満員で困って居ると、折から自転車で来かゝった彼が見かけて、自転車を知辺しるべの店に預け、女児を負って新橋まで来てくれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
此日は、源助が半月に余る旅から帰つたので、それ/″\手土産を持つて知辺しるべの家を廻らなければならぬから、お吉はうちが明けられぬと言つて、見物は明日に決つた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
政吉 何をいやがる、白痴こけにするねえ。政吉は江戸を逃げて高山在の、久々野くぐのという処に、僅な知辺しるべをたよって行き、山国の者に半分なったが、根性は元の江戸の男だ。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
聴水忽ちまなこを細くし、「さてもうまくさや、うまくさや。何処いずくの誰がわがために、かかる馳走ちそうこしらへたる。いできて管待もてなしうけん」ト、みちなきくさむらを踏み分けつつ、香を知辺しるべ辿たどり往くに
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
平生ならそんなことはないのだが、領内全般にわたる大災で、父や兄の葬らいはともかく、母のことはおなつのうえに全部かかってきた。親類も知辺しるべもみな多かれ少なかれ水にやられている。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
分けてその日は朝から降りつづく遣瀬やるせなさに、築地の家を出て、下谷辺の知辺しるべもとへ——どうも前に云った雪中庵の連中といい、とかく赤蜻蛉あかとんぼに似て北へすのは当今でいえば銀座浅草。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
結城縞ゆうきじまの着付に八反の三尺帯を鉄火に締めた、二十歳程のいなせな男——それはお春に三つましの兄人あにびとで、十七の時からとび人足の仲間にいたが此の頃船乗りの知辺しるべを頼って、千石船の舟子となり
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
菊枝 妾の知辺しるべぢや。お千代母子おやこがさらはれておぢやつたのぢや。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
「小太郎殿は、京の近くに、知辺しるべでもござろうか」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「いいえ、そんな話は聞きませんよ。身寄りも知辺しるべもない一人者で、時々ブラリと外へ出るほかは、珍糞漢糞ちんぷんかんぷんな本ばかり読んでますよ」
遠い国許にいる知辺しるべの顔が、みな嘲笑ちょうしょうの歯を向けているようにひがまれる。いや僻みではない、当然そう思われているに違いない。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君は加州金沢の知辺しるべのところへ身を落着ける、拙者は途中、相当の地点まで君を送って、それから白山に登る——ということで、高山の役向の了解を得た上に
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
タゴオルが来ると、友人や知辺しるべやが其辺そこらぢゆうから飛び出して、色々な勝手な事をいつてゐる。
されども、懇意と謂ふも、手伝と謂ふも、皆いつはりならんとは想ひぬ。ただしき筋の知辺しるべにはあらで、人の娘にもあらず、又貫一が妻と謂ふにもあらずして、深き訳ある内証者なるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
更に判らないので律気な彼女は半泣の体で帰って来て、善兵衛にくと告げた、善兵衛も驚いて心当りへ電話で聞合せたり、居合す店員を指揮して知辺しるべを尋ねたが皆手をむなしく帰って来たのである。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
昨日隣字となりあざ知辺しるべの結婚があった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
自分は江戸の知辺しるべを頼って奉公に出たそうですから、それを知っている主人は容易に金を渡さなかったのも無理はありません
……丹左の行く先はわしが知辺しるべの江戸の寺、どうせ死ぬならその父に一目会ってから行くがよかろう。そしてわしの言葉の是か非かも、父に訊ねてみたがよい
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すっかりふさがれてしまって、越前へ送り出されたというのも、何かの縁なんでしょう、いっそ、金沢をやめて福井へ行きましょうよ、福井にも、たずねれば知辺しるべはあるわ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ある日の事、小林氏は築地の旅館やどを出て、三宅坂に知辺しるべの人を訪ねた。帰りは夜に入つた。
生れつき研究心が強い上に、妙に探偵的な事が好きで、今までもいろいろ友人や知辺しるべの間に起った不思議な事件を解決して、頭の良さを評判にされて居る変った男です。
天才兄妹 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
『高利貸に知辺しるべはないのか。抵当ていとうと云うたら、この首で貸せというのだ。その位、押し強く出なければ、金策などは出来るものか。大体、ここの夫婦は、ちとおとなし過ぎる』
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彦根の家中の重役には相当知辺しるべはあるけれども、事改めて、そこへ持ち込みたくない。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
長い長い演奏旅行をえて、私と、私の許婚いいなずけの愛子は、ピアノを叩き過ぎて尖った神経とあわただしい旅に疲れた身体からだとを、しばらくこの淡路島の知辺しるべに静養して居たときの事です。
死の舞踏 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
有るのは、旧藩の江戸づめ知辺しるべだが、故郷元くにもとを追われたおれ達夫婦の事情を知っている奴等が、一両の合力ごうりきもしてくれる筈はなし——又そんな所へ恥曝はじさらしをして迄、出世に偓促あくせくしたくもない。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駒込の知辺しるべに患っているのに、近ごろは誰も見舞ってやる者さえなく、その中で足の悪い春松と臆病者の馬吉だけは、感心に昔の恩を忘れず溝口屋の栄えを歯噛みして口惜くやしがっていたのでした。
「青墓に知辺しるべでもあるのかね」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)