相容あいい)” の例文
想うに貨殖かしょくに長じた富穀と、人の物と我物との別に重きを置かぬ、無頓着むとんじゃくな枳園とは、その性格に相容あいいれざる所があったであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
然るが故に社会百般の現象時として甚だ相容あいいれざるが如きものありといへども一度ひとたびその根柢こんていうかがいたれば必ず一貫せる脈絡の存するあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
案内記が系統的に完備しているという事と、それが読む人の感興をひくという事とは全然別な事で、むしろ往々相容あいいれないような傾向がある。
案内者 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
他と自分とを水と油の関係に置いて分離し、新理想主義の極致たる、世界人類を以て連帯責任の共存生活体と見る精神と相容あいいれないものです。
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
いかに自分の意見と相容あいいれぬ法螺ほらを吹かれても、またその法螺が、単に自分を誘致するためにする打算的の法螺であっても
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、この二つの快不快は全然相容あいいれぬものではない。むし鹹水かんすいと淡水とのように、一つにっているものである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さて、そんなわけで、理論的にも実際的にも、マルクシズム=共産主義と、絶対的平和主義とはまったく相容あいいれない。
清水幾太郎さんへの手紙 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
国体と相容あいいれない、ある種の思想を抱懐していた、という臆説さえ一部には流布され、信じられていた位である。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
是を中心に組織せられ経営せられ、それと相容あいいれない地方の慣行は、少なくとも説明のしにくいものになった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もしも、あのドスト氏が、罪と罰をシノニムと考えず、アントニムとして置き並べたものとしたら? 罪と罰、絶対に相通ぜざるもの、氷炭相容あいいれざるもの。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
兵器の進歩と、戦争の惨状を軽減せんとする企てとは、明らかにこれ今代きんだいに於ける国際関係中、一の大なる矛盾である。両者到底相容あいいるべからざるものである。
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
持明院統と、大覚寺統とは、帝位をはさんで、その臣下まで、真二つに対立し、百年、相容あいいれぬ間である。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二つの相容あいいれない心は、どちらかがどちらかをたおさねばまないような状態にまでなっていた。私はこれを知っていた。私は父のところを去ろうと思っていた。
体を動かしているということも、眠っているという考えとは相容あいいれないものであった。——静かに、しかし絶えず同じ調子で、体を左右にゆすっているのである。
彼は節子と自分の間に見つけた新しい心が、その真実が、長いこと自分の考え苦しんで来たふるい道徳とは相容あいいれないものであることを知って来た。人生は大きい。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
狂信的なイスラム教(回教)と相容あいいれないばかりか、これを冒涜ぼうとくする性質さえ持っていたために、ペルシアにおけるイスラム教勢力が衰えた最近代にいたるまでは
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
それが当年六十路むそじあまりのおばアさんとは、反目はんもく嫉視しっし氷炭ひょうたん相容あいいれない。何ということ無しにうつらうつらと面白く無い日を送って、そして名の知れない重い枕にいた。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
元来試験官と受験者は氷炭ひょうたん相容あいいれない。先方は意地悪い小面倒なことをりに択って訊くのだから、此方こっちも、そら、先刻の英語のフレーズのように、出来る丈け高く命を売るのさ
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一から十までが干渉好きの親分肌の矢野次郎の実業一天張いってんばりの方針と相容あいいれるはずはなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
また今日往々宗教の目的を個人的救済にあるかに考え、国家道徳と相容あいいれないかの如く思うのも、宗教の本質を知らないからである。宗教の問題は個人的安心にあるのではない。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
老子とその徒および揚子江畔自然詩人の先駆者屈原くつげんの思想は、同時代北方作家の無趣味な道徳思想とは全く相容あいいれない一種の理想主義である。老子は西暦紀元前四世紀の人である。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
弟がある小雑誌の音楽批評を担任することになったので、以前よりも多少よい席に、しかしはるかに相容あいいれない聴衆の間に、二人はすわっていた。舞台のそばの管弦楽席であった。
あるいは東、あるいは西といえば如何いかにも両者の間に懸隔けんかくあるようにきこゆる。文章家はかくの如き文字を用いて相容あいいれざるを示す。かの有名な詩篇しへんの内にも西と東のへだたる如く云々うんぬんとある。
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この第二および第三の徴表は、第一の徴表たる「媚態」と一見相容あいいれないようであるが、はたして真に相容れないであろうか。さきに述べたように、媚態の原本的存在規定は二元的可能性にある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
元来政治的にも思想的にも国粋的ユダヤ主義者たるパリサイ人とは相容あいいれない反対派であったが、今イエス・キリストの権威ある出現により、この両派が手を握ってイエスに対し共同の敵となり
しかもその併立せるものが一見反対の趣味で相容あいいれぬと云う事実も認め得るかも知れぬ——批評家は反対の趣味も同時に胸裏きょうりに蓄える必要がある。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわば「両雄の胸にかくされた私のじょう」は——今生こんじょう相容あいいれぬ敵——と尊氏を呼んでいた正成の方にもあった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまり二つの種類のちがったイーゴイストはこの点で到底相容あいいれる事ができなかったのであろう。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いわんや当時の友だちは一面には相容あいいれぬ死敵だった。彼は彼の頭脳を武器に、絶えず彼等と格闘した。ホイットマン、自由詩、創造的進化、——戦場はほとんいたる所にあった。
枕山は年いまだ四十に至らざるにはやくも時人と相容あいいれざるに至ったことを悲しみ、それと共に後進の青年らがみだりに時事を論ずるを聞いてその軽佻けいちょう浮薄なるをののしったのである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なにかひどく異様ウトレなところ——たとえそれをやった奴が人間のなかでもっとも凶悪な奴と想像してみても、なにか人間業という普通の考え方とはまるで相容あいいれないもの——があることを
そして元老の頭というものは到底国民の自由思想と一致する見込のないものである。家庭における現在の姑と若夫婦との思想も元老と国民とのそれのように全く相容あいいれないものかも知れない。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
もうとっくに大同団結をげている様子で、さきに日本に亡命して来た康有為一派の改善主義は、孫文一派の民族革命の思想と相容あいいれず、康有為はひそかに日本を去って欧洲に旅立ったらしく
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
秀麿だって、ヘッケルのアントロポゲニイに連署して、それを自分の告白にしても好いとは思っていない。しかしお父う様のこの詞の奥には、こっちの思想と相容あいいれない何物かが潜んでいるらしい。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
要するに相容あいいれない為めに相容れないのである。
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
こういうふうに、互いに相容あいいれうる範囲内でのあらゆる段階に分化された諸相がこの狭小な国土の中に包括されているということはそれだけでもすでに意味の深いことである。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
写生文家もこう極端になると全然小説家の主張と相容あいいれなくなる。小説において筋は第一要件である。文章に苦心するよりも背景に苦心するよりも趣向に苦心するのが小説家の当然の義務である。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「——わが殿尊氏とは、永劫えいごう相容あいいれぬ敵だと仰せなされますか」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
将来の有声映画製作者にとってはこの二つの対蹠的たいせきてきな現象の分析的研究が必要となるであろう。この二つのものはしかし必ずしも互いに相容あいいれないものではないように私には思われるのである。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)