男子なんし)” の例文
此女は八右衛門の歿後に里方法成寺ほじやうじ村の門田氏に帰り、男子なんし一人はみなしごとなつて門田政周せいしうに養はれ、其子儀右衛門政賚せいらいの弟にせられた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
これ吉瑞きちずゐなりけん、此年此家のよめ初産うひざん男子なんしをまうけ、やまひもなくておひたち、三ツのとし疱瘡はうさうもかろくして今年七ツになりぬ。
奧方おくがたにはあまりふしぎなる夢なればとて大納言光貞卿に告給つげたまへば光貞卿ふかよろこびこの度懷姙くわいにんの子男子なんしならば器量きりやうすぐれ世に名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なん坪太郎つぼたろうと名づけ、鍾愛しょうあい此上無かりしが、此男子なんし、生得商売あきないの道を好まず、いとけなき時より宇治黄檗おうばくの道人、隠元いんげん禅師に参じて学才人に超えたり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
バーニアカヴァールは善し、再び男子なんしを生まざればなり、カストロカーロは惡し、而してコーニオは愈〻あし、今もつとめてかゝる伯等きみたちを 一一五—
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
其事実は四年間良人をつとに別れ居りし妻、一男子なんしを生みしが、其女は始終良人と同衾する夢を見居りし由に候。
一 それ女子にょしは成長して他人の家へ行きしゅうとしゅうとめつかふるものなれば、男子なんしよりも親の教ゆるがせにすべからず。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
一も西洋二も西洋と。かの風俗てぶりをのみまなぶこととなりぬ。これなん第一回にいでし。篠原浜子の父通方みちかたなり。年は五十をこしたれども。男子なんしなくただ一人の女子にょし浜子のみなりければ。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
彼が一段の得意は、二箇月の後最愛の妻はみごもりて、翌年の春美き男子なんしを挙げぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
が、熱帯の女人によにんの十三にして懐妊くわいにんすることを考へれば、温帯の男子なんしの三十にして頭の禿げるのは当り前である。のみならず「早熟にして晩老」などと云ふ、都合つがふいことは滅多めつたにはない。
僕の友だち二三人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
男子なんしも女人も、ただ、南無阿弥陀仏なむあみだぶつとのみ唱えて、深く思い入れ給うならば、百人が百人ながら、往生には洩れぬものでござる——往いて生れざる者は一人もあるべきはずのものではござらぬぞ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男子なんしにも、六八ずゐ煬帝やうだい臣家しんか六九麻叔謀ましゆくぼうといふもの、小児せうにの肉を嗜好このみて、ひそかに民の小児をぬすみ、これをしてくらひしも七〇あなれど、是は浅ましき七一えびす心にて、あるじのかたり給ふとはことなり。
「お子はご男子なんしである」とお告げになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
第一の世終れる後には、男子なんしは割禮によりてその罪なき羽に力を得ざるべからざりしが 七九—八一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
その男子なんし出生しゅっしょうして重ね/″\の喜びと云う所から、その上諭の諭の字を取て私の名にしたと母から聞いた事があるくらいで、随分珍らしい漢書があったけれども、母と相談の上
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
其方懷姙くわいにんのよし我等血筋ちすぢ相違さうゐ是なしもし男子なんし出生に於ては時節じせつを以て呼出よびいだすべし女子たらば其方の勝手かつてに致すべし後日ごにち證據しようこの爲我等身にそへ大切に致候短刀たんたう相添あひそへつかはし置者也依而よつて如件くだんのごとし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
文一郎は七年ぜんの文久元年に二十一歳で、本所二つ目の鉄物問屋かなものどいや平野屋のむすめ柳をめとって、男子なんしを一人もうけていたが、弘前ゆきの事がまると、柳は江戸を離れることを欲せぬので
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
其方そのはう懷妊くわいにんの由我等血筋に相違是なしもし男子なんし出生しゆつしやうに於ては時節を以て呼出すべし女子たらば其方の勝手に致すべし後日證據の爲め我等われらに添大切に致し候短刀たんたう相添あひそへつかはし置者也依て如件
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
京水には二人の男子なんしがあった。長を瑞長ずいちょうといって、これが家業をいだ。次を全安ぜんあんといって、伊沢家の女壻になった。榛軒のむすめかえに配せられたのである。後に全安は自立して本郷弓町ゆみちょうに住んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)