煎薬せんやく)” の例文
旧字:煎藥
太公は、すぐ薬嚢やくのうをとりよせて、自身、煎薬せんやく調ちょうじてくれた。のみならず、幾日でもここで養生するように——ともいってくれる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
震えを帯びてる老衰した姿で病人に煎薬せんやく茶碗ちゃわんを差し出してる所は、見るも痛ましいほどだった。彼はやたらにいろんなことを医者に尋ねた。
おしのは草履をゆわいつけてはき、煎薬せんやくを詰めたびんと、綿や紙を入れた包みを持って、釣台のわきに付いて本石町をでかけた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あたかも漢方医につきて煎薬せんやくばかり服したるものは、西洋医の水薬を見て、効力の少ないように思うと同様であります。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
この煎薬せんやくのにおいと自分らが少年時代に受けた孔孟こうもうの教えとには切っても切れないつながりがあるような気がする。
藤棚の陰から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
始めは煎薬せんやくに似た黄黒きぐろい水をしたたかに吐いた。吐いたあとは多少気分がなおるので、いささかの物は咽喉のどを越した。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
灰色の壁には、今年の暦が貼ってあって、火鉢の上には煎薬せんやくの入った土瓶どびんがぶつぶつと沸き立っている。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この煎薬せんやくを調進するのが緑雨のお父さんの役目で、そのための薬味箪笥やくみだんすが自宅に備えてあった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
煎薬せんやくを飲ませたり、ひるに血を吸はせたり、——そんなことをするだけでございます。父は毎日枕もとに、本間さんの薬を煎じました。兄も毎日十五銭づつ、蛭を買ひに出かけました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
下つて安政大地震あんせいおおじしんの事を記載せし『安政見聞録』を見るにこの変災を報道記述するに煎薬せんやくみょうふりだし」をもぢり、または団十郎『しばらく』の台詞せりふになぞらへたるが如き滑稽の文字もんじ甚だ多し。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちつとばかり西洋医せいやうい真似事まねごともいたしますが、矢張やはり大殿おほとの御隠居様杯ごいんきよさまなどは、水薬みづぐすりいやだとおつしやるから、已前まへ煎薬せんやくげるので、相変あひかはらずお出入でいりいたしてる、ところ這囘このたび多分たぶんのお手当てあてあづか
八百屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
全く、婆さんだけの家というのは、何故変に湿っぽいようで、線香のような煎薬せんやくのような一種の臭いが浸みついているのだろう。志津は、或る人の世話になって、退屈勝な毎日を送っていた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
または朝起きてすぐ呑む煎薬せんやくなりに、毒薬を投り込む者があるに相違ない。
「医者の駕籠だな! たしかに、煎薬せんやくのにおいだ。どこかで何かが何かになったかもしれねえ。ぱちくりしている暇があったら、十手でもみがいて出かけるしたくでもしろい。うるせえやつだ……」
自分で煎薬せんやくして、それをのませながら、そのうえかゆを炊いて食べさせるなど、その看病ぶりはまるで兄弟にたいするように親切をきわめ、一刻たりとも捨てておけないというような手厚さであった。
何かの煎薬せんやくであったのだろう。まさか外用薬ではなかったのだろう。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「御門鑑をいただいて、坂上まで、買物に行ってまいりました。お父さんの煎薬せんやくやら、私の、あの、春着を縫う糸なんかも……」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はまた規那皮きなひだけの煎薬せんやくと、夜分に熱が出た場合のため鎮静水薬とを処方した。そして立ち去る時修道女に言った。
母親は夕餉ゆうげまで眼をさまさなかった。支度が出来たので起して喰べさせ、煎薬せんやく頓服とんぷくをのませると、びっくりするほどの効きめで、すぐにまた眠りだした。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうかと云ってまた無理やりに嫌がる煎薬せんやくを口を割って押し込めば利く薬でももどしてしまい、まずい総菜をいるのでは結局胃を悪くし食慾を無くしてしまうのがおちである。
われ生れて煎薬せんやくといふもの呑みたるはこれが始めてなり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
障子のうちには兄の咳声しわぶきがなおやまずに聞える。客の感情の如何よりも、煎薬せんやくの冷えてしまうことをおそれているふうである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
火鉢の火かげんをみて灰をかけ、煎薬せんやく土瓶どびんを仕掛けた。そのわきの盆には、湯呑茶碗と布でおおいをした金盥かなだらい、金盥には水がはいってい、たたんだ手拭が五枚重ねてある。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
明け方までに二度、登子の手で熱い煎薬せんやくませられたほかは、あくる日もあらかた、よく眠ってばかりいる尊氏だった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
爪の先みたいな医刀による手術、灸治きゅうじの法、強壮剤らしい煎薬せんやくなどで、宋江の容体ようだいは、みるみるくなり、二十日もたつと、元の体になりかけていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてたえず、准后の廉子がまめやかな奉侍をしたり、時刻時刻には、かならず煎薬せんやくをさしあげたりなどしている御起居のさまなどもよくうかがわれる。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、やがて台所へ、おえつが眼を泣きはらした顔して退さがって来た。何か、良人の気を損ねたのであろう。煎薬せんやくの土瓶をこん炉へかけながら袖口で涙をふいていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ今、着いたばかりのお使いは、口上をもって、右の儀を、お館へと、云い終るやいな倒れて、前後もわきまえませねば、煎薬せんやくを与えてそっと休息させておきました
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
患部の膿汁うみを拭きとることから、朝夕のくすりの塗布や煎薬せんやくなども侍医にはさせないで妻にさせた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お煎薬せんやくをわかそうか」思い思いに、人々は、炉のそばから冷たい室へちらかって行った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは何の狐疑心こぎしんでもなく裏の様子を見るための摺足すりあしでありましたが、そこまで行かぬ櫺子れんじの窓下へ来かかると、二寸ほど開いている小障子の間から、春陽はるびれる煎薬せんやくのにおいが
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お粂が甘やかな親切気を見せて、気つけ薬と言いながら金吾に最初飲ませたのは、何か微量な毒のある煎薬せんやくで、かれは正気にかえると共に、一日ごとに、このを出られぬ体となってゆきました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——お目ざめでございましたか」と、煎薬せんやくを盆にのせて持って来た。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その間二度まで付き添いの医者が熱い煎薬せんやくをのませてくれた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……あとで、脈をて、煎薬せんやくでもやっておいて欲しい
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半兵衛は煎薬せんやくの熱いのをすすりながら
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして煎薬せんやくを自分でてて来て
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)