漸次しだい)” の例文
彼は云い知れぬ一種の愉快を感じて、なおも雲の行方を睨んでいると、黒い悪魔の手は漸次しだいに拡がって、今や重太郎の頭の上を過ぎた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
えらぶ物から功驗しるしすこしもあらずして次第漸次しだいおもり行き昨今にては到底とても此世の人には非じと醫師も云ひ吾儕共わたくしどもも思ひますれば節角せつかくお娘御を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
むくむく鼻をうごめかし漸次しだいに顔を近附けたる、つらが格子をのぞくとともに、鼻は遠慮なく内へりて、お通のほおかすめむとせり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
らあ仲間なかま寺錢てらせんあとあから、ひとりでむつゝりしてねえでひとつやらつせえね」と卯平うへいさかづきすゝめた。一どう威勢ゐせい漸次しだい卯平うへいこゝろてゝ到頭たうとうかれおほきな茶碗ちやわんらせた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
總勢すぐツて百四五十人ばかり。毎日いくさごツこのやうな眞似ばかりして居たが、そのうち世は漸次しだいに文化に向つて、さういふ物騷ぶつさうな學校の立ち行かう筈もないので、其中そのうちに潰れて了つた。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
漸次しだいに真の人間に目醒めた人々は、いわゆる「改善」の声に聞きあきました。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
度重なれば、漸次しだいに馴れて、肩の痛みも痛いながらに固まり、肩腰に多少力が出来、調子がとれてあまり水をこぼさぬ様にもなる。今日は八分だ、今日は九分だ、と成績の進むが一の楽になつた。
水汲み (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
今茲に喋々てふ/\する事殊に無益むえきべんたれど前にもすでのべたるが如く此小西屋の裁判は忠相ぬし最初さいしよさばきにして是より漸次しだいに其名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しゅうの威光で手代をおさえ付けた。二人は泣いて諦めるより他はなかった。縁談は滑るように進んで、婚礼の日は漸次しだいに近づいた。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小指のきず痛苦いたみはげしく、心ばかりははやれども、足蹌踉よろぼいて腰たず、気さえ漸次しだいに遠くなりつ、前後も知らでいたりけるを、得三に見出されて
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
追手おって漸次しだい人数にんずを増して、前からうしろから雪を丸めて投げた。雪礫ゆきつぶてを防ぐ手段として、重太郎も屋根から石を投げた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
開きけるに皆々漸次しだい酩酊めいていして前後をうしなふ程に五體ごたいにはか痿痺出しびれだせしも只醉の廻りしと思ひて正體しやうたいもなきに大膳等は此體このていを見て時分はよしと風上より我家に火を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もだくるしみ、泣き叫びて、死なれぬごふなげきけるが、漸次しだいせいき、こん疲れて、気の遠くなり行くにぞ、かれが最も忌嫌いみきらへるへび蜿蜒のたるも知らざりしは、せめてもの僥倖げうかうなり
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
こうして、悪戯小僧にかかる疑いは漸次しだいに薄れて来たが、それと同時にこの不思議に対する疑いはいよいよ濃くなった。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
逢魔あふまときの薄暗がりより漸次しだいに元気衰へつ、に入りて雨の降り出づるに薄ら淋しくなりまさりぬ。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お杉が去り、お葉が去ったのちの角川家は、所謂いわゆる大風おおかぜの吹いたあとであった。塚田巡査も近所の人々も漸次しだいに帰ってしまった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それが漸次しだいちかづくと、女の背におぶはれた三歳みっつばかりの小供が、竹のを付けた白張しらはりのぶら提灯ぢょうちんを持つてゐるのだ。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
東京へ出て、漸次しだいに月の重なるに随って、彼女は初めて自分の腹の中に動く物のあることを知った。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
黒船の帆影が伊豆の海を驚かしてから、世の中は漸次しだいにさわがしくなった。夷狄いてきを征伐する軍用金を出せとか云って、富裕ものもちの町家を嚇してあるく一種の浪人組が近頃所々に徘徊はいかいする。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お菊は川岸へ出て怖そうに水のおもてを覗いて見た。空はまだ暮れ切れなかったが、水の光は漸次しだいに褪めて、薄ら寒い夕靄の色が川下の方から遡るように拡がって来た。水は音もなく静かに流れていた。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)