油蝉あぶらぜみ)” の例文
には油蝉あぶらぜみあつくなればあつくなるほどひどくぢり/\とりつけるのみで、閑寂しづか村落むらはしたま/\うた※弟きやうだいはかうしてたゞ餘所々々よそ/\しく相對あひたいした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
朝夕はひぐらしの声で涼しいが、昼間は油蝉あぶらぜみの音のりつく様に暑い。涼しい草屋くさやでも、九十度に上る日がある。家の内では大抵誰も裸体はだかである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「それが駄目でした。この百日紅さるすべり油蝉あぶらぜみがいっぱいたかって、朝っから晩までしゃあしゃあ鳴くので気が狂いかけました。」
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
淀の京橋口の柳はだらりと白っぽくえている。気の狂ったような油蝉あぶらぜみが一匹、川を横ぎって町屋の中へ突き当ってゆく。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相原あいばら新吉夫婦が玉窓寺ぎょくそうじ離家はなれを借りて入ったのは九月の末だった。残暑のきびしい年で、寺の境内は汗をかいたように、昼日中、いまだに油蝉あぶらぜみの声を聞いた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ニイニイぜみの声のような連続的な音が一つ、それから、油蝉あぶらぜみの声のような断続する音と、もう一つ、チッチッと一秒に二回ぐらいずつ繰り返される鋭い音と
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鷺太郎がベッドに寝ころんだまま、ゆうべのことをあれこれと考えていると、ジーッ、ジーッと圧迫されるような油蝉あぶらぜみの声が、あたり一面、降るように聴えていた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
独言ひとりごとを言つて吃驚びつくりした様に立上ると、書院の方の庭にあるかきの樹で大きな油蝉あぶらぜみ暑苦あつくるしく啼き出した。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
み締めるものに護謨ゴムの弾力がなくては無事には行かぬ。我の強い藤尾は恋をするために我のない小野さんをえらんだ。蜘蛛の囲にかかる油蝉あぶらぜみはかかっても暴れて行かぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
油蝉あぶらぜみの声は御殿の池をめぐる鬱蒼うっそうたる木立ちのほうからしみ入るように聞こえていた。近い病室では軽病の患者が集まって、何かみだららしい雑談に笑い興じている声が聞こえて来た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
足がわなわなと、かすかにふるえた。突然、頭の上でじいじいと油蝉あぶらぜみが鳴き出した。
折戸おりどを入ると、そんなに広いと言うではないが、谷間の一軒家と言った形で、三方が高台の森、林に包まれた、ゆっくりした荒れた庭で、むこうに座敷の、えんが涼しく、油蝉あぶらぜみの中に閑寂しずかに見えた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
駅の前の大きい桜に油蝉あぶらぜみが暑そうに啼き続けているばかりであった。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夏草なつぐさ油蝉あぶらぜみなく山路やまじかな
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
りつけるやう油蝉あぶらぜみこゑ彼等かれらこゝろゆるがしてははなのつまつたやうなみん/\ぜみこゑこゝろとろかさうとする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
法衣を見てもすぐ分る通り禅家の雲水うんすいさんである。油蝉あぶらぜみみたいな黒い皮膚をし、かなつぼまなこというのか、眼のくぼがくぼんでいて、高い眉骨の下から、ひとみがぴかぴかしている。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことくりからんだのは白晝ひるまわすれるほどながあひだ雨戸あまどぢたまゝで、假令たとひ油蝉あぶらぜみりつけるやうに其處そこらのごとにしがみいてこゑかぎりにいたにしたところ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
鞍馬口の往来は白くけきっている。油蝉あぶらぜみの死骸に蟻がたかっているのも暑い。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)