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げき
ふりがな文庫
“
檄
(
げき
)” の例文
全国「尊攘を励むの士」に広く
檄
(
げき
)
を飛ばして
三田尻招賢閣
(
みたじりしょうけんかく
)
を根拠とした再起運動の一から十までがことごとく失敗に帰していった。
尊攘戦略史
(新字新仮名)
/
服部之総
(著)
つまり、
檄
(
げき
)
だ。檄をうけた武士の内には、すぐ鎌倉へそれを逆報した者もあった。——すでに鎌倉でも予想されていたことである。
私本太平記:03 みなかみ帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
なおかつ今度は貧民に容易ならざる汚辱を
蒙
(
こうむ
)
り、
大
(
おおい
)
に貴婦人社会の体面を
傷
(
きずつ
)
けたれば、この際
屹
(
きっ
)
と決心する処なかるべからずと、綾子が
檄
(
げき
)
を飛ばせるなりき。
貧民倶楽部
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
盛庸等、
大同
(
だいどう
)
の守将
房昭
(
ぼうしょう
)
に
檄
(
げき
)
し、兵を引いて
紫荊関
(
しけいかん
)
に入り、
保定
(
ほてい
)
の諸県を略し、兵を
易州
(
えきしゅう
)
の
西水寨
(
せいすいさい
)
に
駐
(
とど
)
め、
険
(
けん
)
に
拠
(
よ
)
りて持久の計を
為
(
な
)
し、北平を
窺
(
うかが
)
わしめんとす。
運命
(新字新仮名)
/
幸田露伴
(著)
ボーイ長を
今日
(
きょう
)
どういうふうに取り扱うか、それを見なくちゃ、もしボーイ長に対して、全然船から救護しないということになれば、僕らは機関部の方にも
檄
(
げき
)
を飛ばして
海に生くる人々
(新字新仮名)
/
葉山嘉樹
(著)
▼ もっと見る
是れ朝廷の威信を
繋
(
つな
)
ぐ
所以
(
ゆゑん
)
の道に非ず。皇祖天神照鑒在上。吾説の是非、
豈
(
あに
)
論ずるを
須
(
もち
)
ゐんや。吾に
左袒
(
さたん
)
する者は、
檄
(
げき
)
の至るを待ち、
叡山
(
えいざん
)
に来会せよ。共に回天の大策を
可議者也
(
ぎすべきものなり
)
。
津下四郎左衛門
(新字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
確立すべき土壌は前の時代を
措
(
お
)
いてはあり得ない、
野
(
や
)
の遺賢は貢士として集められ、集議院をつくっているのだ。
薩賊
(
さつぞく
)
討伐の
檄
(
げき
)
をとばした憎まれものの雲井竜雄さえその一員に迎えた。
石狩川
(新字新仮名)
/
本庄陸男
(著)
清子さんのことは身の振り方が
定
(
きま
)
ってからと思って、気にしながらも延び/\になっていたのである。第三に従兄のところへ
檄
(
げき
)
を飛ばす。これは無論両親へ清子さんを推薦して貰う為めである。
恩師
(新字新仮名)
/
佐々木邦
(著)
しかし
李敬業
(
りけいぎょう
)
の乱に当り、
駱賓王
(
らくひんのう
)
の
檄
(
げき
)
を読んだ時には色を失うことを免れなかった。「一抔土未乾 六尺孤安在」の双句は天成のデマゴオクを待たない限り、発し得ない名言だったからである。
侏儒の言葉
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
実際、
臓腑
(
はらわた
)
のドン底から
慄
(
ふる
)
え上ってしまったのだ。……爆弾漁業、
殲滅
(
せんめつ
)
すべし。鮮海五十万の漁民を救わざるべからず……というので、第一着に総督府の諒解を得て、各道の司法当局に
檄
(
げき
)
を飛ばした。
爆弾太平記
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
彼らに
檄
(
げき
)
をとばすなら、必ずやわれらに味方しよう
現代語訳 平家物語:04 第四巻
(新字新仮名)
/
作者不詳
(著)
檄
(
げき
)
大菩薩峠:03 壬生と島原の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
さきに都を落ちて、
反董卓
(
はんとうたく
)
の態度を明らかにし、中央から惑星視されていた
渤海
(
ぼっかい
)
の太守
袁紹
(
えんしょう
)
の手もとへも、曹操の
檄
(
げき
)
がやがて届いてきた。
三国志:03 群星の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
しかもたたかわない落人であった。危ぶむ思いがきざしたとき、失った死に場所に対する深い悔恨がよみがえる。雲井竜雄が呼びかけた『討薩の
檄
(
げき
)
』はその一例でしかない。まだ
起
(
た
)
てた。
石狩川
(新字新仮名)
/
本庄陸男
(著)
いわゆる“大塔ノ宮
令旨
(
りょうじ
)
”の
檄
(
げき
)
を海からも陸からも天下に発し——隠岐の
父皇
(
ちちぎみ
)
のうばい返しまでを——画策していたのである。
私本太平記:07 千早帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「この
檄
(
げき
)
に見るも、王軍のお手まわしはもうおそいほどだ。名を、義貞誅伐にかり、賊はすでに、全国から
起
(
た
)
たんとしておる」
私本太平記:10 風花帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
すべて彼にかぎらず、笠置挙兵のまえに発せられていた天皇の
檄
(
げき
)
が行った先は、
御願
(
ぎょがん
)
の社寺や、御領の武士があらましだった。
私本太平記:05 世の辻の帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
(これがお嫌なら、またべつなご挨拶を以て)といえる「実力」が
要
(
い
)
る。彼は呉へ
檄
(
げき
)
を送ると同時に、その実力を水陸から南方へ展開した。
三国志:07 赤壁の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「あのように、軍資金が豊富なところを見ると、彼の
檄
(
げき
)
は、空文でない。ほんとに朝廷の密詔を賜わっているのかも知れん」
三国志:03 群星の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
かくて公卿たちの腹もさだまり、
喪
(
も
)
は
遺詔
(
いしょう
)
の
檄
(
げき
)
と共に、全国の宮方へ通達され、あくまで吉野死守の結束を新たにしていた。
私本太平記:13 黒白帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「然り。諸所の駅路に高札を建てしめ、士を
募
(
つの
)
ること急なり。
卿
(
けい
)
もまた、
檄
(
げき
)
に応じてきたれる偉丈夫なるか」と、いった。
三国志:02 桃園の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
そして、貞盛は、押領使秀郷が、
檄
(
げき
)
を発して、その一族と、下野一円にわたる兵力を、田沼へ召集するのを見届けてから
平の将門
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「ないゆえに、ここは苦戦とのお考えだな。まずは弱気か。しかし諸方へ
檄
(
げき
)
はとばしてある。あすにも、わが水軍が沖に見えぬとはかぎらぬのだ」
私本太平記:12 湊川帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
すでに柴田の先手を打ち、滝川討伐の
檄
(
げき
)
を諸州へ発し終り、あれから直ちに長浜へ赴き、そこで軽装を調えて、北境の山岳地方へ廻ったものだった。
新書太閤記:09 第九分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
かつて、曹操が
兗州
(
えんしゅう
)
から起つに当って、四方の勇士を募った折、
檄
(
げき
)
に応じて臣となった典韋は、その折の採用試験に、怪力を示して、曹操の口から
三国志:04 草莽の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
川上から、
檄
(
げき
)
をとばした。だが、梨のつぶて、何等の反応がないのみならず、国許の勤王派の言動を、事々に、幕府に、内通するらしい様子さえある。
田崎草雲とその子
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
久しき前には、日野俊基や、
資朝
(
すけとも
)
から、密々に。——つい、さきごろは北畠具行から諸州へ発した密勅の
檄
(
げき
)
もある。
私本太平記:04 帝獄帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
宮城内の十常侍らも、何進が諸国へ
檄
(
げき
)
をとばしたり、檄に応じて董卓などが、澠池附近にまできて駐軍しているなどの大事を、知らないでいる筈はない。
三国志:02 桃園の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
蛮邦八境九十三
甸
(
でん
)
の各
洞長
(
どうちょう
)
へ向って、彼は
檄
(
げき
)
を飛ばし、使いを馳せ、かつ金銀や栄位を贈って、こう触れ廻した。
三国志:10 出師の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「今です。今のうちです。今日をおいて、いつの日かありましょう。よろしく、四方の英雄に
檄
(
げき
)
を飛ばし、もって
万代
(
ばんだい
)
の計を、一挙に定められるべきです」
三国志:02 桃園の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
こう激越な
檄
(
げき
)
は、東海道をはせのぼるみちのくの健児らへも、
軍楽
(
ぐんがく
)
のような
鼓舞
(
こぶ
)
を盛り上がらせていたのだ。
私本太平記:13 黒白帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
ひとたび、彼の召しが、その勢力下に、
檄
(
げき
)
となって飛ぶとき、一体、どれほどな軍勢が寄って来るものか。
上杉謙信
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「
寨
(
とりで
)
にかえって、
檄
(
げき
)
をとばし、諸洞の猛者をあつめて、正しく戦法を練り、ふたたび蜀軍と
一合戦
(
ひとかっせん
)
する」
三国志:10 出師の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
……そこでいま申したことだが、後醍醐のきみが、
伯耆
(
ほうき
)
あたりに御安着とすれば、それは播磨、伯耆の二つの
大山寺
(
だいせんじ
)
によって守られ、ただちに勅の
檄
(
げき
)
は四方へ飛ぶ。
私本太平記:07 千早帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
ただ、こんどの
檄
(
げき
)
に応じて戦に加わったのは、上は国家のため、下は百姓の苦しみを救わんがためだ。
三国志:03 群星の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
さきに足利方が、直義の名で、諸国へ飛ばしておいた
檄
(
げき
)
の
応
(
こた
)
えが、いまやものをいって来たかたちで
私本太平記:10 風花帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
人にも語らず、
檄
(
げき
)
の文にもそれは
称
(
い
)
えないことだったが、光秀の心事というのは、実にこうであった。
新書太閤記:08 第八分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
もちろん司馬懿は、大命を拝受し、同時に一族、郎党を集めて、直ちに、
檄
(
げき
)
を宛城諸道へ配布した。
三国志:11 五丈原の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「すでに、秋の初めには、そこの手から、
檄
(
げき
)
は国々の武門へ、くまなく飛ばしてあったろうにな」
私本太平記:04 帝獄帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
妙恵と彼との作戦は、まず足利の
宰相
(
さいしょう
)
(尊氏)を太宰府にむかえ、九州一円へ
檄
(
げき
)
をとばし、肥後の菊池党とは、その後において堂々の一戦を展開しようとするにあった。
私本太平記:11 筑紫帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
そして、それいらい両者は阿蘇の麓でじっと
雌伏
(
しふく
)
していた。ところへ、つい数日前、さらに船上山からの
檄
(
げき
)
に接していたのである。密詔と錦の旗とを、下賜されたのだ。
私本太平記:06 八荒帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
と、察して、袁尚へ献言し、まず
檄
(
げき
)
を武安の
尹楷
(
いんかい
)
に送って、
毛城
(
もうじょう
)
に兵を籠め、兵糧をよび寄せ、また
沮授
(
そじゅ
)
の子の
沮鵠
(
そこう
)
という者を大将として、
邯鄲
(
かんたん
)
の野に大布陣をしいた。
三国志:06 孔明の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
一戦も辞さぬ態度を示して、近畿の兵家に
檄
(
げき
)
をとばし、もちろん浅井、朝倉、越後の上杉、甲州の武田家などの遠方にも、急使を送って、ものものしげな防備にかかった。
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
で、わが対策としては、
檄
(
げき
)
をとばして、曹真の手勢に一刻も早く
郿城
(
びじょう
)
のまもりを固めさせ、一面箕谷の路には奇兵を
埋伏
(
まいふく
)
して、彼がこれへ伸びてくるのを破砕し去ることが肝要だ
三国志:11 五丈原の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
檄
(
げき
)
によって劉玄徳は、
関羽
(
かんう
)
張飛
(
ちょうひ
)
などの精猛をひきつれて、予州の境で待ちあわせていた。
三国志:04 草莽の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「
檄
(
げき
)
の名分を、
君側
(
クンソク
)
ノ
奸
(
カン
)
ヲ
除
(
ノゾ
)
ク、というところへ持ってゆくのは、いつのばあいでも、むほん人が世のていをつくろう口実ときまっている。はや一日とて、猶予あるべきではない」
私本太平記:10 風花帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
疾
(
と
)
く
檄
(
げき
)
を飛ばしていた高槻の高山、茨木の中川、伊丹の池田などの、わが
麾下
(
きか
)
と見なしていたところの諸将も、いい合わしたように、ひとりとしてここに会合する者を見ないのである。
新書太閤記:08 第八分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
盟国の
仇
(
あだ
)
として
旗幟
(
きし
)
をかかげるとせんか、その名分は諸侯へ
檄
(
げき
)
を飛ばすに足る。
新書太閤記:07 第七分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
なぜなれば、密勅ノ
檄
(
げき
)
を諸国に飛ばしたさいの実務はすべてこの身がいたしたからだ。……それゆえ、どこの誰と誰とは、いまは
起
(
た
)
たねど、やがて起つ宮方武士であるなども、分っておる。
私本太平記:05 世の辻の帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
そうでなくとも、先頃から江戸表の堀部、奥田、その他の同志が、
頻々
(
ひんぴん
)
と、
檄
(
げき
)
をよこす。——無理もないのだ。大石殿は、この前の下向の折に、明年四月には、大事決行と誓われていた筈。
新編忠臣蔵
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
“檄”の意味
《名詞》
(ゲキ)政争などにおいて、相手を非難し、味方を集めるための文書。
(出典:Wiktionary)
檄
漢検1級
部首:⽊
17画
“檄”を含む語句
檄文
飛檄
羽檄
羽檄旁午
詔檄