昂進こうしん)” の例文
どうも夢中遊行症らしいが、しかし一度位の発作でそんなに心配しなくともよい、そうして神経を使うのがかえって病気を昂進こうしんさせる元だ。
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あんまりあの男の意志にさからうと、心臓が昂進こうしんして悪いのですが、お差支さしつかえなかったら、あの男を一応帰らしたらと思うんですが——。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昂進こうしんするばかりであったが、同時に(どんなに狂的な快楽のなかでも)いつも罪の呵責かしゃくと赦しを乞う涙をともなっていた。
葦は見ていた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
七ツ道具を片づけて或る坂をば登りつめたと思うころ急に天地が大地震の如くグラグラと廻転し始め心臓は昂進こうしんを始めた。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そんな状態が病気の昂進こうしんするにつれてだん/\激しくなるんで、白井は成りたけ心配させないやうに、夜も成りたけ静に寝かして置かうとすると
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
モシコノ状態ガ持続シ、カツソノ程度ガ漸次ニ昂進こうしんスルトスレバ、ヤガテ僕ハ大学教授ノ職ニ堪エナクナリハシナイカ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
照子は心気昂進こうしんして、あえてものをも言わざりし。この時ようやく、太き呼吸いき、「ああ、幽霊。」と投出すようなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
病勢を昂進こうしんさせまいと思って肝胆を砕いているのさ。今夜だって一杯食わせようと思えば困難わけはない。たとえば君は坊ちゃんを連れてこれから家へ帰る。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
僕は一つには睡眠を得るために、また一つには病的に良心の昂進こうしんするのを避けるために〇・五グラムのアダリン錠をみ、昏々とした眠りに沈んでしまった。……
死後 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
智恵子の病勢の昂進こうしんに悩みながら其を製作していた毎日の苦しさは今思い出しても戦慄せんりつを感ずる。
自作肖像漫談 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
嫌悪感が異常に昂進こうしんして、私はもはや彼の皮膚のみならず、彼の持物の一切、彼の手に触れたものの一切、いや彼の呼吸した空気にさへ、病的な悪感を覚えるやうになつた。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
その不健全な状態を昂進こうしんすべき色々の手段を採って得意になるとしたら、どうであろう。
性急な思想 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
その病的な気分は節食と沈黙とのためにひどく昂進こうしんしていた。夜は、苦しい眠りや疲労を来たす夢に陥った。幼時を過ごした古い家が、その室が、たえず眼の前に浮かんできた。
それは脳に徐々の出血があって、それがだんだんに蓄積して内圧を増す、それにつれて脈搏みゃくはくがはじめはだんだん昂進こうしんして百二十ほどに上がるが、それでも当人には自覚症状はない。
鎖骨 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、ナポレオンの腕は彼女の首にからまりついた。彼女の髪は金色の渦を巻いてきらきらと慄えていた。ナポレオンの残忍性はルイザが藻掻もがけば藻掻くほど怒りと共に昂進こうしんした。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
血圧の昂進こうしんと低下が極端におそってくるような不均衡な状態は気持の上にも作用してちょっとしたことに興奮して赤くなったり、腹立てて青くなったりすることが度重なっていた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
牢の入口なるかんぬきの取りはずさるるひびきいとどあやしうすさまじさは、さすがに覚悟せる妾をして身の毛の逆竪よだつまでに怖れしめ、生来せいらい心臓の力弱き妾はたちま心悸しんき昂進こうしんを支え得ず、鼓動乱れて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
いくら山野にしても、炎熱下の行車に焦かれても、依然、昼顔の花のように白く見えるのは、竹中半兵衛の面である。半兵衛の病勢はとみに昂進こうしんしているらしく、部下の言に依れば
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病気の昂進こうしんするのは幸いにもごく少しずつである。最初の徴候は目立つものではあるが、死と紛らわしくはない。発作はだんだんにはっきりしてきて、一回ごとに前よりも長時間つづく。
大石橋から十里、二日の路、夜露、悪寒おかん、確かに持病の脚気かっけ昂進こうしんしたのだ。流行腸胃熱はなおったが、急性の脚気が襲ってきたのだ。脚気衝心の恐ろしいことを自覚してかれは戦慄した。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
脈の昂進こうしんれる外にさばかり憂ふべき所もなしと語られさふらひしかば心やすくなり申しさふらふ。君もうれしとし給はんなど、昨日きのふ一昨日をととひわがさま知り給ふならねど思はれ申しさふらふゆふべかゆを乞ひ申しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
若し然しその人の個性がその事があったために分散し、精神が糜爛びらんし、肉慾が昂進こうしんしたとするならば、もうその人に於て本能の統合は破れてしまったのだ。本能的生活はもうその人とは係わりはない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
瑠璃子はまた父が、興奮の余り心悸しんき昂進こうしんして、物も云えなくなっているのではないかと思うと、急に不安になって来て、争いの舞台シーンたる兄の書斎の方へ、足音を忍ばせながらそっと近づいて行った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
単に彼の持前の厭人癖から(彼が有名になればなる程、その名に対しても、この種の厭人病は極度に昂進こうしんするものであります)
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私が巴里パリの客舎にいる頃、いつも町はずれの森の中から、この曲馬団のラッパが毎日響いて、私の帰郷病を昂進こうしんさせた。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
いちじは気の狂う時間が短くなったが、ちかごろそれが逆になり、正気でいるときのほうが少なく、食欲も減退するかと思うと異常に昂進こうしんしたりする。
肺病患者でも病勢が昂進こうしんして来ると醜くせて顔色が悪くなるのが多いけれども、母はその病気でありながら、臨終のきわまで或る種のなまめかしさを失わなかった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
存在のあらゆる力が昂進こうしんしてより高き存在へおのれを犠牲にするほどの戦いの強度にあるとしたならば、理性のためにもしくは理性に反してフランスでなされてる永遠の戦いほど
一方危機は明子の心臓の昂進こうしんとともに確実な足どりで近づきつつあつた。それは主として伊曾に起つた新たな欲望にるものだつた。伊曾と劉子は日ごとに白い死の方へとちて行つた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
そう云う侮辱を耐え忍ぶ結果、妻のヒステリイが、ますます昂進こうしんする傾があるからでございます。ヒステリイが益昂進すれば、ドッペルゲンゲルの出現もあるいはより頻繁になるかも知れません。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
肺病が昂進こうしんしていることの明らかな徴候を見せている。
絵の技がすぐれていても、写実であっても、心臓が昂進こうしんするという事は更らになかったようである。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
此の時の公は恐らく内々いたずらをしてみたい衝動を感じたくらいなことで、自ら手を下してそんな卑劣な真似をする程、その病的傾向が昂進こうしんしていたとは思われない。
私の病癖はいちじるしく昂進こうしんしましたが、女中以外に家人の秘密を探ることなどは、妙に不愉快ですし、といって、まさか、この仕掛をよその家へ延ばす訳にも行きませんので
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この病気には過度の飲酒が最も有害であると聞いているのに、正月以来飲み続けて来たブランデーの量を考えると、これで病勢が昂進こうしんしなければ奇蹟きせきであるというほかはない。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この種の悪癖は、例えばかのモルヒネ中毒の様に、一度なじんだなら一生涯められないばかりでなく、日と共に月と共に恐ろしい勢いでその病勢が昂進こうしんして行くものであります。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼の病勢はにわかに恐るべき加速度をもって昂進こうしんしはじめました。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)