恩寵おんちょう)” の例文
これは誰にだって答えられることじゃあなかった、ずっと昔は、てんかんを神の恩寵おんちょうによる病気だとさえ信じられたことがある、そうだな
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
敵人ながら深く関羽の為人ひととなりで給い、終始恩寵おんちょうをおかけ遊ばされたことは、人もみな知り、関羽自身も忘れてはおりますまい
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神よ! この世におわすなら、苦労しながらむくいられなかった、可哀そうなお町の前途にだけでも、その恩寵おんちょうありますよう!
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自己自身によって自己否定はできない(ここに宗教家は恩寵おんちょうというものを考える)。この故に宗教は出世間的と考えられる。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
工藝においては美も救いも、他より恵まるる恩寵おんちょうである。自からのみでは何一つ出来ぬ。器には自然の加護があるのである。器の美は自然さの美である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
恩寵おんちょうかもしれない。また白砂の庭にふりそそぐ日光が、ほどよく中和され、それが堂内に反射して思惟の姿に一層の柔軟性を与えていることも考えられる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
野猿やえんの声こそは聞けなかったが、それにも増して私は偶然の、時の恩寵おんちょうを感じずにはいられなかった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
一方においては攻大鼓せめだいこ矢叫やたけびの声、日以て夜に継ぐに際し、他方においては天に恩寵おんちょう、地に平和の宗教は、日本の社会に大革命を与えたる火器と共に同時に到来し
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
すぐれた女性で、宮仕えに出すと帝王の恩寵おんちょうが一人に集まって、それで人の嫉妬しっとを多く受けてくなられたが、源氏の君が残っておいでになるということは結構なことだ。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
親鸞 仏様がましまさぬならば、私はだれよりも先にだれよりもはげしく、私たちの存在をのろうであろう。だが仏様の恩寵おんちょうはこの世に禍悪があればあるだけ深く感じられる。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
宮古みやこ八重山やえやま大阿母おおあもなどは、危険の最も多い荒海を渡って、一生に一度の参覲さんきんつつがなくなしとげることを、神々の殊なる恩寵おんちょうと解し、また常民に望まれぬ光栄としていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そう決意した時、僕のからだは、ぬくぬくと神の恩寵おんちょうに包まれたような気がした。人間のみじめさ、自分の醜さに絶望せず、「すべなんじの手にうる事は力をつくしてこれをせ。」
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
バルナバスの手でこれまでにもってこられたその二通の手紙は、三年来、わたしたちの一家が手に入れた、まだ十分疑わしいものではありますけれど、最初の恩寵おんちょうのしるしなのです。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
事は前者の『懺悔録ざんげろく』及び後者の『恩寵おんちょうあふるるの記』においてあきらかである。彼らは罪の苦悶の故に心の平安を失いて、悲痛懊悩おうのうの極、神に向って何故かくも我を苦むるかと呟いたのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
父娘おやこ、腹を合せて不義をいるような不埓者、すておかば恩寵おんちょうに甘えて、どのような非望企らむやも計られませぬ、知りつつお膝をお借り申し奉ったは、みな、主水之介、上への御意見代り
第一に、カフカの文学においては、城は天上とか恩寵おんちょうの場所を表わし、その下の村は人間界を表わしている、というような、いわば比喩(アレゴリー)としての暗示を読み取ることはできない。
一種の恩寵おんちょうのごとくに解したのでもあろう
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
増長させているのです。そうしたおかみ恩寵おんちょうを逆用して、勢いを諸州にたくわえ、武士を手なずけ、時が来たら、天下の権を
その驚くべき美しさは、その運命に酬いられる恩寵おんちょうなのだ。あの凡俗な誰でもが、天才になることなくしてそのままに、あの天才レムブラントの域に入り得たのだ。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
神の恩寵おんちょうあなたにありますよう。……一間ほどお下がりくださいまし。それではあぶのうございます。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
国民すべてとともに恩寵おんちょうを蒙り、菩提を致さしめんと、何よりもまず民草の上に御心みこころを垂れ給い
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
まだ小柄な美少年は、若公達わかきんだちらしく御所の中を遊びまわっていた。帝をはじめとしてこの人をお愛しになる方が多く、ほかには類もないような御恩寵おんちょうを若君は身に負っているのであった。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「まあ勿体ない若さま」双葉嬢は二杯の酒にぽっと眼のふちを染め、またとなきこの恩寵おんちょうに対して飛切りの嬌睨ながしめをもって答えた。「——そんなに仰せられますと本気にお受け申しましてよ」
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これだけでも既に不思議な恩寵おんちょうなのに、さらにまた、その本のばつに、この支那文学の俊才が、かねてから私の下手へたな小説を好んで読まれていたらしい意外の事実が記されてあって、私は狼狽ろうばいし赤面し
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それは、もう彼もずいぶん功を立てたろうが、主家の恩寵おんちょう眷族けんぞくにおよび、丹波、近江にかけて、六十万石に封ぜられ、むくわるるに何の不足もない。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その寂しさに堪えられず、お姫様のしがらみ様は天帝ゼウス恩寵おんちょうにおすがりして安心を得ようとなされました。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
またそこに蒐集しゅうしゅうされた作品に、私たちほど驚きと愛とを感ずる事は出来ないであろう。「美を味う悦び」、これは今の時代に特に与えられ、許された恩寵おんちょうであるといっていい。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「恋にやぶれ、恩寵おんちょうをうけた法皇きみにも別れ、わがゆく途は、出家一途いちずと思いきわめたのは、その時でおざった……」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自然への従順な態度がこの恩寵おんちょうを受けるのである。もし作者たちにみずからをたの傲慢ごうまんがあったなら、恩愛を受ける機縁は来なかったであろう。美の法則は彼らの所有ではない。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
このままこの山におるとしても、私には神の恩寵おんちょうがある。窩人達にも捕われもしまい。一度ひとたび私が手を上げたなら忽然こつぜんと山火事が起こるであろう。もしまた足を上げたなら雪崩なだれが落ちても来よう。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いずれが真なりや無根なりや知れないが、とにかくこんな風に、柳生家への恩寵おんちょうあつきにひきかえ、小野家の方は何となく重んじられていなかった風が観える。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにあずかる私たちの力とてはいかにわずかなものに過ぎぬであろう。私たちは工藝においてむしろ天然の大を記念するに過ぎない。美は人為の作業ではなく、自然からの恩寵おんちょうである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「感ずべき人達! 愛すべき人達! どうぞ大神のご恩寵おんちょうがその人達に下りますように。——ところで、数馬殿、うけたまわりたいは、何故このような恐ろしい所、岩石ヶ城などと申す所へ、捕虜とらわれの身となられましたかな?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼が後醍醐の恩寵おんちょうをふかくわすれず、また朝廷は朝廷としてあがめておきたいと声明していたのも、それは彼の本心で決して偽りではなかったものと考えられる。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凡夫の身にさえも、よき作が許されるとは何たる冥加みょうがであろう。そうしてそれが悉く浄土の作であるとは、何たる恩寵おんちょうであろう。一つの器にも弥陀みだの誓いが潜むと云い得ないであろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
なまなか闕下けっか恩寵おんちょうれている都人士などよりも、あるいは世のおおやけに役立つ者どもかとぞんじられます
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「近ごろ、わしの恩寵おんちょうれすぎて、図に乗っていた又四郎のやつ。是が非でも引っ捕えて、窮命きゅうめい申しつけねばならん。——もし手抗てむかいなさば討ち取ってもかまわぬ。すぐからめて来い」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、御落胆ごらくたんなさいますな。失敗もしてみなければ、人生の嶮路けんろはわかりません。失敗の反省こそ、その人間に重厚じゅうこうな味と深みを加えてゆくので、失敗は、天の恩寵おんちょうだと思わねばなりません。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)