帳場ちょうば)” の例文
わたくしは帳場ちょうばから火種を貰って来て、楽屋と高座の火鉢に炭火をおこして、出勤する芸人の一人一人楽屋入するのを待つのであった。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
古藤は何かに腹を立てているらしい足どりでずかずかと縁側を伝って来たが、ふと立ち止まると大きな声で帳場ちょうばのほうにどなった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ああ、いやないやなくわ仕事しごとも、今日きょうかぎりでしなくていいことになった。これから、まちにりっぱなみせして、その帳場ちょうばにすわればいいのだ。
くわの怒った話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
左側の一人の客の前へ立って会計をしていた給仕女が、帳場ちょうばの方を見ながら云った。と、一人の給仕女がどこからともなく来て山西の前へ立った。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そんな時には、往来には人だかりがして、人が撲られるのを面白そうに見物し、お帳場ちょうばには、そこにいる御新造様ごしんぞうさまが、すずしい顔をして見ていらっしゃいました。
鍋島甲斐守 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鎮痛剤がきいて来たのか、節々ふしぶしの痛みはよほどやわらいで来た。大通りからちょっと横町に入って、車は停る。降りて宿屋の門をくぐる。帳場ちょうばに行って案内を乞う。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「だからね。おいらァくなってるが、いまもそいったとおり、帳場ちょうばかけてからがみっともなくて仕様しようがねえんだ。あんなにおいなか這入へえっちゃいかれねえッてのよ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「べつにどこへもきませんわ。ちやんと自分じぶんのうち、青流亭せいりゅうていのお帳場ちょうばにいましたよ」
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
そして、何故計算しなくてはならないかという理由も解らずに、しかも計算せずにはいられない人間の不必要な奇妙な性質たちの中に、愛はがっしりと坐っている。帳場ちょうば番頭ばんとうだ。そうではないか?
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「私は帳場ちょうばにおりました、——このお吉の方がよく知っておりますが」
自分は眼を伏せたまま、給仕の手から伝票を受けとると、黙ってカッフェの入口にある帳場ちょうばの前へ勘定に行った。帳場には自分も顔馴染かおなじみの、髪を綺麗に分けた給仕頭きゅうじがしらが、退屈そうに控えている。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
室の壁紙は白と黒と黄との畳一枚位もあろうと思われる三角形ですさまじい宇宙をつくっていました。七色とりどりの酒瓶が並んでいる帳場ちょうばの棚には、これも鋭角三角形でとりかこまれていました。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ほとんど憎げなる栗うり、やさしくいとほしげなるすみれうり、いづれもむれゐる人の間を分けて、座敷の真中まなか帳場ちょうばの前あたりまで来し頃、そこに休みゐたる大学々生らしき男の連れたる、英吉利種イギリスだね大狗おおいぬ
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「兎も角帳場ちょうばへ知らせてやろうじゃありませんか」
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
(略)店は二間間口にけんまぐちの二階造り、のきには御神燈ごじんとうさげてしお景気よく、空壜あきびんか何か知らず銘酒めいしゅあまた棚の上にならべて帳場ちょうばめきたる処も見ゆ。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それから、幾日いくにちかたってから、あには、まちにりっぱな商店しょうてんしました。そして、そこの帳場ちょうばにすわって、おおくの奉公人ほうこうにん使つか身分みぶんとなりました。
くわの怒った話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
次第に客がたて込んで二人の食卓テーブルにも洋服を着た客が来た。岩本はそれに気がいて、体をねじ向けて帳場ちょうばの上の柱にかかった八角時計に眼をやった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
帳場ちょうばさんにも川森からはないたはずじゃがの。ぬしがの血筋を岩田が跡に入れてもらいたいいうてな」
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
帳場ちょうばいそ大工だいくであろう。最初さいしょつけたほこりから、二人ふたりが一しょに、駕籠かごむこうへかけった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
かれは、まったくの幸福者しあわせものとなったのであります。ある帳場ちょうばにすわって、あには、煙草たばこをふかしながら、そと往来おうらいをぼんやりとながめていました。
くわの怒った話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
京都西陣にしじんの某と云う商店の主人は、遅い昼飯ひるめしって店の帳場ちょうばに坐っていると電話のベルが鳴った。主人はじぶんって電話口へ出てみると聞き覚えのある声で
長崎の電話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのひっそりとした二階の方で不思議に鼓の音がするので、帳場ちょうばで煙草をんでいた主翁は、吸殻をたたくのも忘れて煙管きせるを持ったなりに二階へあがって往った。
鼓の音 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのとき、しろいエプロンをかけた、ひくおんなが、帳場ちょうばにあらわれました。そのおんなこそ、かれがいった時分じぶんには、まだわかかったこのみせのおかみさんであったのです。
銀のつえ (新字新仮名) / 小川未明(著)
帳場ちょうばの上にかかった八角時計の針の遅遅ちちとして動いて往くのに注意したり、入口の青いかあてんを開けて入って来る客に注意したりした。時計の長針は十時の処を指していた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
主翁が帳場ちょうばで帳面を直していると、婢の一人があおい顔をして入って来た。
鼓の音 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)