吩咐いいつ)” の例文
叔父は娘達に吩咐いいつけて、「もうすこし上」とか、「もうすこし下」とか言いながら、骨をまれるような身体の底の痛みを打たせた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『藩の御用なれば、たとえ、どう損がゆこうと身を粉にしようと、愚痴ぐちなどは申しませぬが、あのしわい大野様からの吩咐いいつけなので』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜になってから、お島は養父に吩咐いいつかって、近所をそっち此方こっち尋ねてあるいた。青柳の家へもいって見たが、見つからなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
用件を訊かずに、知らぬ人と会ってはならぬ、という夫の日頃の吩咐いいつけも忘れて、名前さえ云わない、その未知の婦人を応接室に通させた。
梟の眼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
私は、漆戸の翌日の分の薬を、お竹に吩咐いいつけて医者のところまで取りにやり、そのあと、一寸良人の病室へ行きました。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
わたしは北京ペキンの双十節の次第を最も感服するのである。朝、警官が門口に行って『旗を出せ』と吩咐いいつける。彼等は『はい、旗を出します』と答える。
頭髪の故事 (新字新仮名) / 魯迅(著)
何や! 払うな、と俺が吩咐いいつけたからその通り申します、と申しますが、呆れるわい、これ、払うべき金子かねを払わいで、主人の一分が立つと思うか。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いずれにしても、腹をこさえて上のことと、今来た坂路を戻って、さっきのホテルで、少し早いが昼飯を吩咐いいつけた。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
館林様の吩咐いいつけだったので、そのつもりで骨を折ったんだが、こういう仕事には飽き飽きしている俺だ。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かねてその旨吩咐いいつけられていたので、両人とも旅支度をして脚絆きゃはんまで穿いていたこととて、その書状を受取るなり、一同に暇乞いとまごいして、涙を拭き拭き出て行った。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
万年屋の前に荷物の番を吩咐いいつかってひとり取り残された私は、じっと残りの荷物の番をしておりました。
そしてその時筒井は静かにしていられぬほど、誰かが吩咐いいつけるように、逢えよ、逢うのはお前の礼儀でもあり、そしてかつて無断でその家を出たびでもあるのだ。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
遅いとは思ったが、初めて時間に気が付いて急いで座をとうとすると、だ余談が尽きないから泊って行けといいつつ、「お客様の床も持って来てくれ」と吩咐いいつけた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
余りにも不意の血腥ちなまぐさい出来事のめに碌々ろくろく口も利けず、ただおろおろ顔の色を変えて震えているボーイに、兎も角急を警察へ知らせるように吩咐いいつけて置いて、さて、寝台のそばを離れると
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「私はもうあんな所に行かないんだから案内者は付けられませんが、あなたがお越しになるならば私はこの馬をいて来た人に吩咐いいつけますから、この馬方と一緒に行かれるがよかろう。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
余り静かなので、つい居ることを忘れて、お鍋が洋燈ランプの油を注がずに置いても、それを吩咐いいつけて注がせるでもなく、油が無ければ無いで、真闇まっくら坐舗ざしき悄然しょんぼりとして、始終何事をか考えている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
母や兄嫁は立ったり坐ったり、何となしに家事に忙しかったが、勝代はざっと二階の掃除そうじをして、時間はずれの朝餐を一人で食べると、下女に吩咐いいつけて、二階の炬燵こたつに火を入れさせて閉籠とじこもった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
嫂は、自分からは寿女へ用を吩咐いいつけたことがなかった。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
吩咐いいつけられた六名の屋敷を、それぞれ駈け廻って、武蔵の返書と次第を告げ、どこでも茶ものまず引っ返して来た途中なのである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は家のものに吩咐いいつけて、この女に柿をくれた。女はそれを風呂敷包にして、家のものにまで礼を言って、寒そうに震えながら出て行った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おとらがしおを見て、用事を吩咐いいつけて、そこをたたしてくれたので、お島はやっと父親の傍から離れることが出来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
五郎蔵の賭場で、百二十五両の金を強請ゆすり、場外へ出ると、賭場で、五郎蔵の側にいたお浦という女が、追っかけて来て、親分の吩咐いいつけで、一こん献じたいといった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女房かみさんは立ったついでに、小僧にも吩咐いいつけないで、自分で蒲団ふとんを持出して店端みせばなの縁台に——夏は氷を売る早手廻しの緋毛氈ひもうせん——余り新しくはないのであるが、向う側が三間ばかり
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたしはそれをいつまでも待っていたが遂に見ることが出来なかった。女形おやまが引込むと、今度は皺だらけの若旦那が出て来た。わたしはもう退屈して桂生けいせい吩咐いいつけ豆乳を買いにやった。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「お似合いでよかった。うちぎもそのうち吩咐いいつけます。」
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
九十郎は吩咐いいつけられた通りに、槍の柄を短く詰めて叔父へ返した。弥兵衛は入れ直した石突の先を、庭石へ二、三度突き鳴らして
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大塚さんは沈思を破られたという風で、誰にも逢いたくないと言って、用事だけ聞いて置くようにとその書生に吩咐いいつけた。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
庸三がうなずくと、じきに玄関口の電話へ出て行って、これも新調の絵羽の羽織や原稿紙などを、自動車で持って来るように、近所の下宿屋を通して女中に吩咐いいつけた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
府中しゅくで殺しては人目につき、後々がうるさいというところから、この農家の納屋で、乾児たちに吩咐いいつけ、その嬲り殺しの最後の仕上げに取りかからせたのであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
親方に吩咐いいつかって参ったんで、あすこで一ツ、桜宮から網島を口上で申し上げようと思っていたのに、あんまり腕組をなすったんで、いや、案内者、大きに水を見て涼みました。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吩咐いいつけながら竈の火を按排した。そのそばで老栓は一つの青いつつみと、一つの紅白の破れ提灯を一緒にして竈の中に突込むと、赤黒いほのおが渦を巻き起し、一種異様な薫りが店の方へ流れ出した。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
仙吉の合図があるまでは、静かにしているようにと吩咐いいつけてあるので、部屋の方も、この母屋も、いつもの晩よりはひっそりとしている。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
楼梯はしごだんのところから階下したのぞいて、小僧に吩咐いいつけた。間もなく小僧はウンと大きく削った花鰹節を二皿持って上って来た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
頼母は庭番の源兵衛へ、奥医師の玄達を連れて来るように吩咐いいつけ、それから中納言家へ頭を下げ
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「小野田が帰ったら、今の始末を残らず吩咐いいつけよう。そして今からでも二人でここを出てやろう」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ええ、姉さんのだ、嘘をおき。……いいえ、姉さんがまた吩咐いいつけたって、口ばかりさ、直ぐに忘れて、きょとんとしている事は知ってるじゃないか。そして、食べさしちゃ悪いんだ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秀才太爺も阿Qの態度に非常な不平を抱き、この「忘八蛋ワンパダン」警戒する必要がある。いっそ村役人に吩咐いいつけてこの村に置かないことにしてやろうと言ったが、趙太爺は、そりゃくないことだと思った。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「夜は、武蔵の見張をしておれとわしが吩咐いいつけたゆえ昼間は眠たいも道理……。沢庵どの、昼間の見張は、おぬしの役じゃぞ」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもその手紙はあの人のお母さんか姉さんが吩咐いいつけて書かしてよこしたらしい手紙です。別れの手紙です。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
庸三は子供に吩咐いいつけたが、送って応接室まで出て行くと、小夜子はふと立ちまって、誰という意識もなしに、発作的に庸三の口へ口を寄せて来た。やがて玄関へおりて行った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
父爺おやじの総六が吩咐いいつけのまま、手織縞の筒袖に、その雪のような西洋前垂、せなへ十字に綾取あやどって、小さく結んだ菊模様の友染唐縮緬ゆうぜんとうちりめんの帯お太鼓に、腰へさばいた緑の下げ髪、すそ短こうふッくりと
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そちに吩咐いいつけることがある」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一通の飛脚状を持って、父が旅先であるから父に代って開封していただいたらよかろうと、母のお陸に吩咐いいつけられて使に来たのですと云う。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大塚さんはその食卓の側に坐って、珈琲コーヒーでも持って来るように、と田舎々々した小娘に吩咐いいつけた。廊下を隔てて勝手の方が見える。働好きな婆さんが上草履うわぞうりの音をさせている。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
思いしか庸三はここの玄関の出入りにも、何か重苦しいものをこくめいな番頭たちの目に感じるのだったが、葉子は水菓子を女中に吩咐いいつけるにも、使いつけの女中のような親しさで
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
日吉は、渡辺天蔵から吩咐いいつけられた品を、家の中から持ち出して来るために、元の下僕部屋の口から、そうっと、母屋のほうへはいって行った。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は下婢に吩咐いいつけて階下したから残った洋酒を運ばせた。それを飲んで疲労つかれを忘れようとした。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
村へ連れてくるようにと私の吩咐いいつけをうけて、甲府へ行ったのでございましたが、日本左衛門に寝込みを襲われて、不憫ふびんな死にかたをしたそうで
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時、お種は幸作に吩咐いいつけて、家に残った陶器なぞを取出させて、弟に見せた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「わたしは一体、何をする役目なんでしょ。七内様からは、流言りゅうげんを放てとも、何を探れとも、吩咐いいつかっておりませんが」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)