おさ)” の例文
どうかするとおさへきれないほどの居眠りが出て年長としうへの人達からよく惡戲されたことなど、御話したいと思ふことはいろ/\ある。
しかし、彼等は内心の憤りをおさえて、なおどこまでも平穏にしていた。重立った者の号令に従って集散ともに静かに行われた。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
千登世は思ひ餘つて度々おさへきれないなげきをらした。と忽ち、幾年の後に成人した子供が訪ねて來る日のことが思はれた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
私はその時急速に上体をかがめて近寄り、すぐに手を出したくなるのであるが、じっとその心をおさえて一休みすることにする。ポケットから取り出される煙草が火を点けられる。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
今村は、全身が蒟蒻こんにゃくのようにふるえるのをおさえることも、かくすこともできなかった。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
たがやすは一語だと思ひ乍ら、「田をかへす」と言ふ気持もおさへられぬのである。
主人もそれには手をつけられず、遠くから長い棒切れで恐い蟲でもおさへるやうに
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
無理無体だとは知っていたが、もう自分をおさえるちからも、なくなってしまったのだ。ありのままで我々の生活を続けるより外はない、迷うということは我々にはもうなくなっているのだ。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「申しかねることじゃが、そのお若い血を、おさえようとなさるか」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
食事時になると、多計代はおさえつけた苛立たしさで云った。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おさえつけ、緊め上げつつ、音曲は悲壮に高められて行く。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
おさへられたる河浪は、怒濤をなして呟きながらも
おさへて行くことを知つてゐたからさ。
ウォーレン夫人とその娘 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
到頭、言わず仕舞じまいに、牧野君の家の門を出た。そして、おさえがたい落胆と戦いつつ、元来た雪道を岩村田の方へ帰って行った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
部屋へ戻ってからも、お種は自分でおさえることの出来ないほど興奮していた。豊世は姑の背後うしろへ廻って、何よりも先ず羽織や袴を脱がせた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
対手が黙つてしまつたので、丑松もそれぎり斯様こんな話をしなかつた。文平はまた何時までも心の激昂をおさへきれないといふ様子。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
いづれも感情をおさへきれないといふ風で、肩を怒らして歩くもあり、板の間を踏み鳴らすもあり、中には塩を掴んで庭に蒔散まきちらす弥次馬もある。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
しかもその自分で自分のたもとをつかむ手は堅く握りしめて、震えるほど力を入れていた。無言の悲しみをおさえるかのように。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
顔のどの部分と言わずかゆい吹出ものがして、み、れあがり、そこから血が流れて来た。おさえがたく若々しい青春のうしおは身体中をけめぐった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父をうものは叔父達だ。頼りの無い家のものの手から、父を奪うのも、叔父達だ。この考えは、お俊の小さな胸におさえ難い口惜くやしさを起させた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何時の間にか私はこの老学士と仲好なかよしに成って自分の身内からでも聞くように、そのおさえきれないような嘆息や、内に憤る声までも聞くように成った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかしこの墓参りを一切りとして身体からだを休めたいと考えるほど、人知れずおさえに制えて来た激しい疲労を感じていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
岸本は自分の部屋へ行ってからも、胸の中にき上って来る感動をおさえることが出来なかった。丁度節子は酔っている叔父のために冷水おひやを用意して来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あの邪気あどけない、おさへても制へきれないやうな笑声は、と聞くと、省吾は最早もう遊びに来て居るものと見える。時々若い女の声も混つた——あゝ、お志保だ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何となくお種は興奮していて、時々自分でおさえよう制えようとするらしいところが有る。顔色もいくらかあおざめて見える。三吉は姉を休ませたいと思った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「繁ちゃんが兄さんのたこを破いたッて、それから喧嘩に成ったんですよ」と節子は繁をおさえながら言った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その彼は容易ならぬ周囲の形勢を見、部下の要求のおさえがたいことを知り、後には自ら進んで遣韓大使ともなり朝鮮問題の解決者たることを志すようになった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
新年早々屠牛を見に行くとは、随分物数寄ものずきな話だとは思ったが、しかし私の遊意は勃々ぼつぼつとしておさえ難いものがあった。朝早く私は上田をさして小諸の住居すまいを出た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
各派教導職の不平もおさえがたくなって、この国の教化事業はただただ荒れるに任せ、一切を建て直そうとする御一新の大きな気象もついには失われて行くであろう。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、おさえがたい落胆と戦いつつ、元来た雪道を帰って行った。一時間あまり乗合馬車の立場たてばで待ったが、そこには車夫が多勢集って話したり笑ったりしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
石段を上って来て、火事見舞を言いに寄るものもあった。正太は心の震動ふるえおさえかねるという風で
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
年老いた身の寄せ場所もないような冷たくいたましい心持が、親戚の厄介物として見られような悲しみに混って、おさえても制えても彼女の胸の中にき上り湧き上りした。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こう申しては勿体もったいないのですが、旦那様程の御人の好い御方ですらおさえて制えきれない嫉妬の為めには、さあ、男の本性を顕して——獣のような、戦慄みぶるいをなさいました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ややもすれば兄をしのごうとするこの弟の子供をおさえて、何を言われても黙ってしたがっているような太郎の性質を延ばして行くということに、絶えず私は心を労しつづけた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下から持ち上げる力のおさえがたさは、こんな些細ささいなことにもよくあらわれていた。これまで、実に非人として扱われていたものまで、大手を振って歩かれる時節が到来した。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
捨吉は人を教えるという勤めの辛さをあじわった。どうかして自分の熱い切ないこころを勝子に伝えたいとは思っても、それを伝えようと思えば思うほど、余計に自分をおさえてしまった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
流れだまはしばしば飛んで宮中の内垣うちがきに及んだという。板輿いたこしをお庭にかつぎ入れてみかどの御動座をはかりまいらせるものがあったけれども、一橋慶喜はそれをおさえて動かなかったという。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
どうかすると彼の調子はおさえることの出来ないほど激昂げっこうしたものと成って行った。それが戯曲的にすら聞えた。両手で顔を押えながら聞いていた豊世は、夫の口唇くちびるうるおしてやった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幕府の老中らはその専断で外人の圧迫を免れようとする日にあたり、慶喜は飽くまで公武一和の道を守り、勅命を仰ぐの必要を主張し、断然として幕府をおさえる態度に出たからである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
捨吉は言いあらわし難い自分の心持をおさえようとして、さかんなかえるの声が聞えて来るような鎌倉のある農家の一間で、岡見が編輯へんしゅうする小さな雑誌の秋季附録のために一つの文章をも書いた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ある日、私は自分の忿いかりをおさえきれないことがあって、今の住居すまいの玄関のところで、思わずそこへやって来た三郎を打った。不思議にも、その日からの三郎はかえって私になじむようになって来た。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
先生は自然と出て来る楽しい溜息ためいきおさえきれないという風に、心地こころもちの好い沸かし湯の中へ身を浸しながら、久し振で一緒に成った高瀬をながめたり、田舎風な浅黄あさぎ手拭てぬぐいで自分の顔の汗をいたりした。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おさえ難い悔恨の情が起って来た。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)