側目わきめ)” の例文
今までは生活の不如意に堪えながら側目わきめもふらずに努力の一路を進んで来たのが、いくらかの成効に恵まれて少し心がゆるんでくる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かくて彼は、日々にちにちの波を分けておのれの小舟を進めながら、側目わきめもふらず、じっとかじを握りしめ、目的の方へ眼を見据えている。
書架の上から淡黄色な紙表紙の書籍を取出して来て、自分の心をその方へ向けた。そして側目わきめもふらずに新しい言葉の世界へ行こうとした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小脇に弓矢をかかへしまま、側目わきめもふらず走り過ぎんとするに。聴水は連忙いそがわしく呼び止めて、「喃々のうのう、黒衣ぬし待ちたまへ」と、声をかくれば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
側目わきめもふらずかせいでいるのは、この木の株根に執着があるわけではなく、こうして幾つもの株根を掘り起すことの目的は、この土地を開墾する
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし彼女は側目わきめも振らずに(しかも僕に見られてゐることをはつきり承知してゐながら)矢張やはまりをつき続けてゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
其上をあちこち跳びながら伝って行く面白さに、側目わきめもふらず登って行く。沢が急に狭くなって左右に崖が現われる。
北岳と朝日岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
大きい声では言へないが、余り延々のび/\にしておくと、さういふ女でも、いつの間にか側目わきめを振る事を覚えるものだから。
おかみさんは弁当の包を解き大きな握飯を両手に持ち側目わきめもふらず貪り初めたが、婆さんは身を折曲げ蹲踞しやがんだ膝を両手に抱込んだまゝ黙つてゐるのに気がつき
買出し (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
真っ暗な川岸かし伝いに両国へ若い女の夜道は楽ではありませんが、お静は側目わきめもふらずに急ぎます。
母娘おやこかほをみあはせましたが、さびしさうにその何方どちらからもなんともはず、そしてかな/\のうしろ姿すがたがすつかりえなくなると、またせつせと側目わきめもふらずにしました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
僕はもう観察修行は犠牲にして、側目わきめもふらず受験準備に没頭ぼっとうし始めた。不思議なもので、勉強していると入れるような心持がする。怠けていると駄目なような気分になる。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
西寺の横の坂を、側目わきめも振らず上つて行く。胸の上に堅く組合せたこぶしの上に、冷い冷い涙が、頬を伝つてポタリポタリと落つる。「神様、神様。」と心は続け様に叫んで居る。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そうして真っ直ぐに前方を見ると、面紗の女とダンチョンとが木立の繁った暗所くらがりの方へ、側目わきめもふらず歩いて行く。程よい間隔を中に保って、ラシイヌはその後を追って行った。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こう一言ひとこと言ったきり、相変らず夜は縄をない昼は山刈りと土肥作りとに側目わきめも振らない。弟を深田へ縁づけたということをたいへん見栄みえに思ってたあによめは、省作の無分別をひたすら口惜くやしがっている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
側目わきめも振らずに積みあげて来た
傾ける殿堂 (新字旧仮名) / 上里春生(著)
翌朝、眼がさめると、おきまりの迎え酒一献いっこん、それからまた側目わきめもふらず昨日のつづき、本草学の研究に一心不乱なる道庵先生を見出しました。
が、お蓮はそんな物には、全然側目わきめもふらないらしい。ただ心もち俯向うつむいたなり、さっさと人ごみを縫って行くんだ。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
側目わきめも振らず、じつとそれに見とれてゐた大観氏は、舞がすむと里栄をそばに呼んで、咎め立でもするやうに訊いた。
そして一しおの濃さを加えた中禅寺湖畔の秋色も、また心を惹くに足らぬとように側目わきめもくれず道を急いだ。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
竹村君は小僧が皿を包むのをもどかしそうに待っていたが、包を受取ると急いで表へ飛び出した。そうして側目わきめも振らずにいきなり電車へ飛び込んでしまった。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おかみさんは弁当の包を解き大きな握飯を両手に持ち側目わきめもふらず貪り初めたが、婆さんは身を折曲げ蹲踞しゃがんだ膝を両手に抱込んだまま黙っているのに気がつき
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
男子と生まれて王侯となるのは目覚ましいことでもございますし願わしい限りでもございますが、さて王侯になって見たら側目わきめで見たほどには楽しくもなく嬉しくもないかも知れません。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
頭を下げ、側目わきめもふらず、脚燈フートライトに沿うて、き込んだ足取りで歩いていった。
私は側目わきめもふらずに、錯々せつせと自分の道を歩き始めた時がありました。そこまで御話しなければ、斯の手紙を書き始めた最初の目的は達したとも言へません。しかし今はそれをする時がありません。
元よりその間も平太夫の方は、やはり花橘の枝を肩にして、側目わきめもふらず悄々しおしおと歩いて参ったのでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
千葉県知事折原らう氏が、以前福岡県知事を勤めてゐた頃、ある宴会で目もとの可愛かあいらしい芸者が側目わきめもふらず、じつと自分の顔に見とれてゐるのに気がついた。
雲間を洩れる夕日の光も木立に遮られて、其力ない影はもう原にはとどかなかった。子供のように側目わきめもふらず苔桃の実を摘んでいた私達は、急に寒さの加わるのを覚えて立ち上った。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
兵馬はそれを側目わきめに見ただけで、その夜のうちに恵林寺まで急がねばなりません。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
青銅で造った大形の龕燈がんどうを、両手で重そうに捧げた後から、稚子輪ちごわに髪を結って十五、六の美童が、銀の鈴を振りながら、側目わきめも振らず歩いて来、その後から具足をつけた二人の武士に
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
最後に僕の繰り返したいのは僕も亦今後側目わきめもふらずに「話」らしい話のない小説ばかり作るつもりはないと云ふことである。僕等は誰も皆出来ることしかしない。
もしまた女が側目わきめも振らないで、真直に歩いてゐるやうだつたら、それこそ飛んだ掘り出し物だから、すぐその足で結婚を申込む位に機敏すばしこく立ち廻らなければならない。
此林中にもまた縞栗鼠が多く、風雨にもかかわらず、人の近付く気配に、岩の下から走り出したり、木の洞から駆け下りたりして、側目わきめも振らず一心に登っている私を幾度おどろかしたことであったか。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いつぞや油小路あぶらのこうじ道祖さえの神のほこらの前でも、ちらと見かけた事があったが、その方は側目わきめもふらず、文をつけた橘の枝を力なくかつぎながら、もの思わしげにたどたどと屋形の方へ歩いて参った。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
契月氏はうちを出る時にはいつもかう言つて言ひわけをした。実際大阪はいい土地ところだ。商人あきんどの都で、側目わきめもふらず、いつも忙しく暮してゐるので、画家ゑかきが人に隠れてスケツチをするのに丁度都合がいい。