乾物ひもの)” の例文
焼酎せうちうを注文して、一気に飲み干すと、二杯目をまた注文した。客は誰もゐなかつた。乾物ひものを焼く匂ひが裏の方から流れて来た。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「どうした八、腹が減つたらう。有合せの乾物ひもので底を入れてから話して見るが宜い。大した結構な手柄もなかつたやうだが」
侯爵夫人はそばにゐる大隈侯の顔をちらりと見た。侯爵はたら乾物ひもののやうな顔をしてじつと何か考へ込んでゐた。
町には、行路病者の死骸が、乾物ひものみたいにからからになって捨てられてあったり、まだ息のある病人の着物をいで盗んでゆく非道な人間だのが横行していた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それをお土産だなんて図々しくほらを吹いて、また鰻だって後で私が見たら、薄っぺらで半分乾いているような、まるで鰻の乾物ひものみたいな情無いしろものでした。
饗応夫人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「何かわしうめ乾物ひものなど見付けて提げて来よう、待っていさっせえ。」と作平はてくてく出かけて
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勿論そんなら是からは乾物ひものばかりをかじり、夏は裸で学校にも出ることにしようなどと、そんな無茶なことを申すのではない。もとかえれと言っても文化は複合している。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
自宅うちの惣菜や、乾物ひものの残りを持込んで、七輪を起す女連おんなづれも居るという訳で、何やや片付いた十一時過になると福太郎の狭い納屋の中が、時ならぬ酒宴さかもりの場面に変って行った。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
暑い日にも腐らぬやうな乾物ひものだとかから鮭の切身だとかを持つて来て、それをさいにした。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「ただの、細長い、魚のひれのようなものでな、ま、こんな、こちこちの乾物ひものじゃ。」
「あんまり大きな親切なので、それが彼奴らには解らねえのさ」銅兵衛ここであごを撫でた。「だがそれにしてもこう不漁しけじゃあ、親切の乾物ひものが出来そうだ。小判の五六枚も降らねえかな」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
前菜に蝶鮫の乾物ひものを撮んでから、三人は五時ちかくになって食卓についた。
それは熊野浦でれた鯖を、ささに刺して山越しで売りに来るのであるが、途中、五六日か一週間ほどのあいだに、自然に風化されて乾物ひものになる、時には狐にその鯖の身をさらわれることがある
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もつと我執をもて! 我慾を! 排他的エクスクルーシヴリイに一つの事に迷ひ込むことが唯一の救ひだ。アミエルの乾物ひものになるな。自分で自分のあり方を客觀的に見ようなどといふ・自然にもとつた不遜な眞似は止めろ。
かめれおん日記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
トヾの結局つまり博物館はくぶつくわん乾物ひもの標本へうほんのこすかなくば路頭ろとういぬはらこやすが学者がくしやとしての功名こうみやう手柄てがらなりと愚痴ぐちこぼ似而非えせナツシユは勿論もちろん白痴こけのドンづまりなれど、さるにても笑止せうしなるはこれ沙汰さた
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
この乾物ひものも持って行けと、こんなに恵んで下さいました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
秋刀魚さんま乾物ひものになったような顔をした。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
きぬとほして乾物ひものごとく骨だちぬ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
肌赤銅の乾物ひものにて
「安心しろよ、お前には俺が燒いた乾物ひもので、一杯呑ましてやるから、まだ酒が少しは殘つて居る筈だ」
「こんな、鶏の乾物ひものなど、おれの口には合わん。おれは動いている奴を喰いたいのだ」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうも皆々様のまえですが、あのこじき野郎と来ちゃあ金魚の乾物ひもので……」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
梅雨期つゆどきのせいか、その時はしとしとと皮に潤湿しめりけを帯びていたのに、年数もったり、今は皺目しわめがえみ割れて乾燥はしゃいで、さながら乾物ひものにして保存されたと思うまで、色合、恰好かっこう、そのままの大革鞄を
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五十前後の乾物ひもののやうな中老人で、算盤そろばんには明るさうですが、主人を殺すやうな人間とは見えません。
乾物ひものになるまで、そこから少し十方世界のひろさを見ろ、人間界を高処からながめて考え直せ。あの世へ行ってご先祖さまにお目にかかり、死に際に、沢庵という男がこう申しましたと告げてみい。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「函根の大地獄が火を噴いて、あしが並木にでもなるようなことがあったら、もう一度、焚火たきび秋刀魚さんま乾物ひものいて、往来へ張った網に、一升徳利をぶら下げようと思わねえこともねえんでね。」
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五十前後の乾物ひもののような中老人で、算盤そろばんには明るそうですが、主人を殺すような人間とは見えません。
「だまれ、どんな夏の旅だろうと、人間の乾物ひものができたためしはない」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松葉で乾物ひものをあぶりもして、寂しく今日を送る習い。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次は相變らず赤蜻蛉あかとんぼの亂れ飛ぶのを眺め乍ら、鐵拐仙人てつかいせんにんのやうに粉煙草の煙を不精らしくふかすのでした。女房のお靜は、貧しい夕食の仕度に忙しく、乾物ひものを燒く臭ひが軒に籠ります。
平次は相変らず赤蜻蛉あかとんぼの乱れ飛ぶのを眺めながら、鉄拐仙人てっかいせんにんのように粉煙草の煙を不精らしくふかすのでした。女房のお静は、貧しい夕食の仕度に忙しく、乾物ひものを焼く臭いが軒にこもります。