顧客とくい)” の例文
「お前さんのお言葉ですが、まったく同商売の顧客とくい争いというようなことから、双方の親たちのあいだが面白く参りませんので……」
しかもそれは別にこれという目的なしにいただいたのだから彼は平生でも、優に売卜者うらないしゃ顧客とくいになる資格を充分具えていたに違ない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ベルトゥーフはそれを黙って許しました。なぜかというと、この人は以前には父と仲がよく、父のいちばんのお顧客とくいであったからです。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
漬物桶つけものおけへ手を入れたりすることをっているのであったが、お島が一人で面白がってやっている顧客とくいまわりも、集金の段になってくると
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
口惜しいっ! お返し! お寄越し! 盗人! 詐偽師かたりっ! お返しったらお返し! お店からお顧客とくいまでそのままつけて返すがいいのさ。
ところが、大正十年十一月九日、年に一度は、顧客とくい廻りに出かけるジェソップ氏の伴をして、はじめて北回帰線を越えカルカッタに上陸した。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その時泉原が不図ふと思い浮べたのは同店の顧客とくいのA老人であった。老人は愛蘭アイルランド北海岸、ゴルウェーの由緒ある地主で、一年の大半は倫敦ロンドンに暮している。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
これもやはり天命か、女賊の小波は、セムシ喜左衛門のすぐ裏に住んでいて、一二年来の顔なじみのお顧客とくいだった。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして、今まで店内で起った種々の不祥事件——たとえば、ちょっとした金銭の行違いや、顧客とくい先の失敗とかいうこと——は皆、庸之助のせいにされた。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
旅商人たびあきゅうどが、堀井弥太では、おかしかろう。——一年に一度ずつ京都みやこ顧客とくい廻りに来る、奥州者の砂金売かねう吉次きちじとは、実は、この弥太の、ふたつ名前だ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、くさしながら、どじょう汁の大旦那も、古道具やから、高価な偽物にせものをつかませられるいお顧客とくいだった。
彼は確実に利益をあげ、顧客とくいやした。だがそのあいだに「近正」という背景を利用して、ひそかに彼がふところをこやしていることは、知る者がなかった。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それが先祖以来の慣れた営業でなかったならば、ほとんど顧客とくいを得ることができないのです。ここに至っては事実上、住居と営業との自由を奪われたといってもよい。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
顧客とくい廓内かくないつゞけきやくのなぐさみ、女郎ぢよろうらし、彼處かしこ生涯せうがいやめられぬ得分とくぶんありとられて、るもるも此處こゝらのまちこまかしきもらひをこゝろめず
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
顧客とくいの期待が外れて失望した彼女は、ひややかに私の頼みをいれた、彼女は一つの椅子を指した、私は崩折れるやうに腰を下ろした。今にも涙のせきが切れさうな氣がした。
そしてだしぬけに、官邸を顧客とくいにしてもらえまいかと尋ねた。クリストフははっとした。
小役人やその他いろんな顧客とくいのズボンや燕尾服の繕い仕事をかなり巧くやっていた。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
「お顧客とくいだって、お邸だって、書生さんなら好いじゃないか、持って往きよ」
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この辺の商売の大顧客とくいとするものは、主として日比谷の避難バラックの住民と、前に述べた大建築の修繕や何かに雇われた人足達と、その大建築に雲の如く出入りする腰弁達の三つである。
本店みせつとめて荷作りをしたり、物を持ってお顧客とくい様へお使いをしたり、番頭さんに睨まれたり、丁稚でっちに綽名を付けられたり、お三どんに意地悪くあたられることは、どうにも私の嗜好このみに合わない。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
高等遊民不良少年をお顧客とくいの文芸雑誌で飯を喰う売文のやっことまで成りさがってしまったが、さすがに筋目正しい血筋の昔を忘れぬためか、あるいはまた、あらゆる芸術の放胆自由の限りを欲するなかにも
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
卸し先に店じまいをする家があって、そのほうの掛け金の整理と二、三心当りのある新しい顧客とくいを開拓するために、一月は滞在の予定だった。
顧客とくいもなくしてしまった、だがそんなことは日常生活において、また商売や取引きにおいて、いくらでも起こることだ。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そんな秘密の願が、気忙きぜわしい顧客とくいまわりに歩いている時の彼女の心に、どうかすると、或異常な歓楽でも期待され得るように思い浮かんだりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一軒でもお顧客とくいをふやそうとあくせくしたり、相手の御機嫌を損じまいと気色をうかがったりする卑屈さを、ちっとも持たなかったということは面白いところです。
キュリー夫人の命の焔 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
とにかく、蜂須賀の船手ふなての衆は、店にも大事な顧客とくいであるので、いやいやながらも顔をだした。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ばかねえ、竜太郎だって貴女のお顧客とくいでしょう。待っていて少しお愛想するものよ」
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一人淋しき老爺おやぢの破れ三味線かゝへて行くもあり、六つ五つなる女の子に赤襷させて、あれは紀の國おどらするも見ゆ、お顧客とくいは廓内に居つゞけ客のなぐさみ、女郎の憂さ晴らし
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いつも佃煮を売りにゆく顧客とくいさきで、握り飯を五つ盗んだからだ、鉄砲洲の質屋が近火に遭って、手伝いに来た出入りの者たちに炊出たきだしをした、酒肴さけさかな、握り飯や煮〆にしめがずらっと並んでた
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
顧客とくいの人たちがやってきて、父の倉庫で自分の靴を探し出します。修理のためにそこに置いておいた靴です。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
吉原を顧客とくいにしている煙草売りが、桐の積み箱をしょって腰をあげると、おつやはあとを追うようにそとへ出た。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
註文が出るに従って、材料の仕込にひどく工面くめんをして追着おっつかないような手づまりが、時々顧客とくいを逃したりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「私に充分正当の理由のある衝突でこうやっているのに、顧客とくいまで失くしちゃいられないわ、ねえ」
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一人淋しき老爺おやぢ三味線ざみせんかかへて行くもあり、六つ五つなる女の子に赤襷あかだすきさせて、あれは紀の国おどらするも見ゆ、お顧客とくい廓内かくないに居つづけ客のなぐさみ、女郎の憂さ晴らし
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お前の友だちとおれは心から結ばれているし、お前の顧客とくいの名前はこのポケットのなかに入っているんだぞ!
判決 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
さて、何しろ今夜こそはお顧客とくいの竜神がやって来て、人の知らないありがたい御法を授けて下さるというので、つぎの日一日、和泉屋の主人は上の空で暮らした。
「本ものになっちゃった。これでお顧客とくいさえふえりゃ堂々たるもんだわ」
二人いるとき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
湯灌場物が主だが、場所柄お顧客とくいにはお屋敷が多いから、主人あるじの好みも見せて、店にはかなり古雅なものがならべてある。刀、小道具、脇息きょうそく、仏壇、おのおのに風流顔だ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いえ、全くのはなし、あの商売をのれんでと、雇い人ごと買い取りましたときに兼吉かねきちという一番番頭が申しますには、これこれこれこれのお顧客とくいさまへ貸しになっている。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)