頬笑ほほえ)” の例文
思いながら、彼は奇妙な頬笑ほほえましさと同時に、二人がひどく愛という言葉に拘泥こうでいしているのに、ちょっと意外なものをかんじていた。
赤い手帖 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
それから——遠目とおめにも愛くるしい顔に疑う余地のない頬笑ほほえみを浮かべた? が、それはのない一二秒の間の出来ごとである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふさわしい愛の巣だ——庸三は頬笑ほほえましげにも感じて、荷物の持ちこまれる露路を入って行った。花屋の勝手口がそこにあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「大丈夫ですとも」気丈なあやは明るく頬笑ほほえんだ、「湯をかぶっただけですもの、そんなにおおげさにおっしゃらないで下さい」
十八条乙 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こちらは、莫迦ばかみたいに、頬笑ほほえんで、瞰下していると、あなたは、ぐ気づき、上をむいて、にっこりした。となりのお嬢さんも、おなじく見上げる。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
死者はその墓を出でて、母の胎内に眠ってる子供のように、彼らの思い出がやすらっている胸を持つ愛人へ、愛する者へ、色せたくちびる頬笑ほほえみかける。
そして、さもしとやかに一礼すると、愛くるしいえくぼを見せて、恰好のよいルージュの唇で、嫣然えんぜん頬笑ほほえむのであった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
妻は頬笑ほほえみながら「そんなに侘しいのなら、勤めなきゃいいでしょう」といたわるように云った。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
と一郎は笑ったが、ジュリアの方はどうしたのか笑いもせず、夢見るような瞳をジッと一郎のおもての上にそそいでいたが、暫くしてハッと吾れに帰ったらしく、始めてニッコリと頬笑ほほえんだ。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私をカン誘したこと、何となく頬笑ほほえまれます。その人の心持が映っていて。私は十年の間五十円ずつ月賦はらって、渋谷の奥に自分の家というようなもの持つ心は、ちっとも湧きません。
気づいたのか、彼女もおどろいたような顔で、彼に頬笑ほほえみを送ってくる。……だが、二人の距離は、一向に縮まることがなかった。
ジャンの新盆 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
ここまでは、五郎さんの運命は頬笑ほほえんでいた。彼自身は高等小学校しか出ていないのに、花嫁は東京の女学校を卒業していた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
窓から顔を出している瑠美子が目の前へ来た時、子供は頬笑ほほえましげに叫んだのだったが、庸三は何か冒険に狩り立てられるような不安をいだいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
譚はこう言う通訳をしたのち、もう一度含芳へ話しかけた。が、彼女は頬笑ほほえんだきり、子供のようにいやいやをしていた。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
悪戯いたずらのように、くるくる動く黒眼勝くろめがちの、まつげの長いひとみを、輝かせ、えくぼをよせて頬笑ほほえむと、たもとひるがえし
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
煙の中の明智の頭には、今、あの古城のような赤煉瓦あかれんがの建物が浮かんでいた。その奇妙な建物を背景にして、女のように美しい青年の顔が、二重写しになって頬笑ほほえんでいた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「これはやや出来がよかった」別府将軍は、始めて莞爾にっこりと、頬笑ほほえんだ。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「それでもたった一度だけ、側へよって口をきいたことがあるだよ」幸山船長は舵輪にもたれかかり、そっと頬笑ほほえんでいるような調子で続けた
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
生来薄手うすでに出来た顔が一層今日はやつれたようだった。が、洋一の差しのぞいた顔へそっと熱のある眼をあけると、ふだんの通りかすかに頬笑ほほえんで見せた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すっかり支度したくのできた博士が、駄々ッ児の子供をでも見るような、頬笑ほほえみをたたえて手術台に寄って行くと、メスの冷たい閃光せんこうでも感じたらしい葉子は
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
きっと、だれかを待っているのだ。……なんとなく、彼はすてきな青年が呼吸をきらし、走り寄ってくるさまを空想した。それは、見事な、頬笑ほほえましい「愛」の風景に違いなかった。
待っている女 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
厚味のあるくちびる、唇の両脇で二段になった豊頬ほうきょう、物いいたげにパッチリ開いた二重瞼ふたえまぶた、その上に大様おおよう頬笑ほほえんでいる濃いまゆ、そして何よりも不思議なのは、羽二重はぶたえ紅綿べにわたを包んだ様に
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もしもそうなったらの話ですと云って、安宅は彼女の詰問をそらすように頬笑ほほえみ、立ちあがってその部屋から出た。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もし通用さえするならば、たとえば、「彼女の頬笑ほほえみは門前雀羅を張るようだった」と形容しても好いはずである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこには、蘭子の生前の写真が、さまざまのポーズでもって頬笑ほほえんでいるのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼女は頬笑ほほえみながら、うっとりとしたようにその青年をみつめた。
愛の終り (新字新仮名) / 山川方夫(著)
僕はその指環を手にとって見、内側にってある「桃子ももこへ」と云う字に頬笑ほほえまないわけにはかなかった。
彼 第二 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
直衛は頬笑ほほえんだ。彫ってみがきをかけたような、はっきりした頬笑みかたであった。
改訂御定法 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
不治の病を負ったレオパルディさえ、時にはあおざめた薔薇ばらの花に寂しい頬笑ほほえみを浮べている。……
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どこか悪いのではないかとたずねると、そんなことはないと答えてさびしげに頬笑ほほえむだけだった。それである夜、そっと妻の部屋へいってみると、加代は灯のかげで、歌稿を裂き捨てていた。
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三重子はその写真の中に大きいピアノを後ろにしながら、男女三人の子供と一しょにいずれも幸福そうに頬笑ほほえんでいる。容色ようしょくはまだ十年前と大した変りも見えないのであろう。
早春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「持って来るわ」女はびた表情で頬笑ほほえみかけた、「寝ないでね」
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
僕はふと彼女の鼻に蓄膿症ちくのうしょうのあることを感じ、何か頬笑ほほえまずにはいられなかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふじはべそをかくように頬笑ほほえみ、うれしそうに枕の上でうなずいた。
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
目金めがね屋の店の飾り窓。近眼鏡きんがんきょう遠眼鏡えんがんきょう双眼鏡そうがんきょう廓大鏡かくだいきょう顕微鏡けんびきょう塵除ちりよ目金めがねなどの並んだ中に西洋人の人形にんぎょうの首が一つ、目金をかけて頬笑ほほえんでいる。その窓の前にたたずんだ少年の後姿うしろすがた
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
文子は頬笑ほほえみながら兄の手を握った。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いずれも宣教師の哄笑こうしょうの意味をはっきり理解した頬笑ほほえみである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)