輪郭りんかく)” の例文
俺だちはその尖塔せんとうを窓から覗きあげた。頂きの近いところに、少し残っている足場が青い澄んだ冬の空に、輪郭りんかくをハッキリ見せていた。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
黄昏たそがれは、誰も知るとおり、曲者くせものである。物みなが煙のように輪郭りんかくを波打たせ、が飛んでも、かみなりが近づくほどにざわめき立つのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その理由は、そのときには何のことだか、全く分らなかったが、それから一年半ほどたって、ようやくぼんやりしたその輪郭りんかくだけがわかった。
葦も池の輪郭りんかくせばまって池の水が小さな流れになる、上に井の頭線の鉄橋がかっている辺に、わずかに見られるばかりである。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
背丈せいのスラリとした輪郭りんかくと、手に尺八をたずさえているところから察しても、それは同宿の虚無僧、法月弦之丞のりづきげんのじょうと分る姿。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
特に歓楽の激しい地域を指示するように所々にむらがるネオンサインが光のなかへ更に強い光の輪郭りんかくを重ねている。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たたかいちまたを幾度もくぐったらしい、日に焼けて男性的なオッタヴィアナの顔は、飽く事なき功名心と、強い意志と、生一本きいっぽんな気象とで、固い輪郭りんかくを描いていた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのものの輪郭りんかくを縁取る毛は、月光のために銀色にかがやいて見えた。全身、毛におおわれたものであった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
腕組をして枕元にすわっていると、仰向あおむきに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭りんかくやわらかな瓜実うりざねがおをその中に横たえている。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしがお見せするものは、ごく大ざっぱに紙の上に書きつけた、ほんの輪郭りんかくにすぎません。そしてそのあいだには、わたし自身の考えもまじっているのです。
事変の輪郭りんかく恭一きょういちからの電話と変わりはなかったが、もっとくわしく、具体的で、確実性があった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
その内に、翡翠かわせみの背らしいのが、向うで、ぼっと大きくなり、従って輪郭りんかくおぼろになったが、大きくなったのは近づくので、朧になるのは、山から沼の上を暮増くれまさるのである。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると念力ねんりきの通じたように、見る見る島の影が浮び出した。中央に一座の山の聳えた、円錐えんすいに近い島の影である。しかし大体の輪郭りんかくのほかは生憎あいにく何もはっきりとは見えない。
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくしが今日こんにちの会合を思い立ちましたのも、一つはそこにありますので、現代のお忙がしい方々に対して、支那小説の輪郭りんかくと、それが我が文学や伝説に及ぼした影響とを
元亨釈書げんこうしゃくしょ』及び『本朝高僧伝』に載するところは、明治大正の歴史書に載するところの簡単にして無意義なる叙述とともに、単に彼の生活の重大ならざる輪郭りんかくを伝えたに過ぎぬ。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
民さんは四十いくつだという、小柄で、顔も同じように小さいが、それなりに輪郭りんかくのととのった顔だった。毎朝牛をつれて山へ行き、夕方まきを背負って牛といっしょに帰えってくる。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
輪郭りんかくにじんだ満月が中空に浮び、洞庭湖はただ白くぼうとして空と水の境が無く、岸の平沙へいさは昼のように明るく柳の枝は湖水のもやを含んで重く垂れ、遠くに見える桃畑の万朶ばんだの花はあられに似て
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夜気がしっとりと重く、わたしの火照ほてった顔へにおいを吹きつけるのだった。どうやら雷雨らいうが来そうな模様で、黒い雨雲がきだして空をい、しきりにそのもやもやした輪郭りんかくを変えていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
わたしはいつまでもかの椅子を見つめていると、そこに青白いもやのようなものが現われた。その輪郭りんかくは人間の形のようであるが、わたしは自分の眼を疑うほどにきわめて朦朧たるものであった。
涸渇こかつしてしまったのであろうか? 私は他人の印象から、どうかするとその人の持ってる生命力とか霊魂れいこんとかいったものの輪郭りんかくを、私の気持の上に描くことができるような気のされる場合があるが
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
今日伝わっている春琴女が三十七歳の時の写真というものを見るのに、輪郭りんかくの整った瓜実顔うりざねがおに、一つ一つ可愛かわいい指でまみ上げたような小柄こがらな今にも消えてなくなりそうなやわらかな目鼻がついている。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お北の言葉で、次第に事件の輪郭りんかくが明らかになって行くようです。
地球は小さくなったが、いよいよ光をまして白く輝く大陸の輪郭りんかくもよく見える。しかし球という感じがだんだんなくなって、平面のような感じにかわっていった。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しんが三国を統一するまでの治乱興亡をなお飽くまでつぶさに描いているのであるが、そこにはすでに時代の主役的人物が見えなくなって、事件の輪郭りんかくも小さくなり
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頭巾ずきんがかなぐり捨てられた。そして、その下から現われたのは、ドス黒い皮膚、骨ばった輪郭りんかく爛々らんらんと青くかがやく両眼、赤いくちびるきばのような白歯、恩田だ! 人間ひょうだ!
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
物の輪郭りんかく円味まるみを帯びずに、堅いままで黒ずんで行くこちんとした寒い晩秋の夜が来た。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いや、不良少年の顔ではない。ただどこか輪郭りんかくのぼやけた清太郎自身の顔である。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
まんまるな顔の輪郭りんかく、近眼鏡のおくにぎらりと光る眼、真赤な厚いくちびるりあとのさおほおの肉、そうしたものが、組みあわさってできあがる大河の笑顔には、一種異様な表情があった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しかし、火星の輪郭りんかくも、ぼんやりとしている。全体が赤橙だいだい色にぬられていて、なんだかうす汚い。黒緑色の線が、あみをかぶったように走りまわっているのも見える。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あしかが帖」で尊氏の若い日の輪郭りんかくを。また「菊水帖」に入って、楠木正成とその郷土の人々を。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気転きてんよく、万吉の蹴ちらした枯杉の火の粉が、草から草へ吹かれてしまうと、星明りもなき真の宵闇……。わずか四、五尺の隔てながら双方の姿は、その輪郭りんかくすらもよく分らない。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まず輪郭りんかくをさぐッてみると、頭には髷がなく、総髪らしい形です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、おぼろに輪郭りんかくを察してきた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)