わけ)” の例文
それには単に時間の上から云つても、一週五日間、午前八時から午後三時まで機械の如く学校に出頭してゐるわけに行くものではない。
入社の辞 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
音声一途にる外ない不文の発想が、どう言ふわけで、当座に消滅しないで、永く保存せられ、文学意識を分化するに到つたのであらう。
前からよく僕は、こんな初夏に、一度、この高原の村に来てみたいものだと言っていましたが、やっと今度、その宿望がかなったわけです。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
さういふわけだから、散歩をしたつて面白くないのも無理はない。町を歩いて窓の内に飾つてある物を見ても、只ゞ見て面白いとは少しも思はぬ。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
民子は真面目まじめになって、お母さんが心配して、見ておで見てお出でというからだと云いわけをする。家の者は皆ひそひそ笑っているとの話であった。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「君からいへば他人の事ぢやないか、何も君と關係があつたわけではないし、君を怖がらせるわけがないんだ。」
帆の世界 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
父の日記にると、青根温泉に七日ゐたわけである。それから、明治二十丁亥ひのとゐ年六月二日。晴天。夜おいく安産。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
飛行機から落ちると云ふ事は最早もはやまん一の不幸に属して居る。ばん一の不幸を気にして居たら土の上も踏めないわけだ。自動車にかれて死ぬる事もあるのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
勿論其時分は春日かすがやしろも今のやうに修覆しうふくが出来なかつたし、全体がもつと古ぼけてきたなかつたから、それだけよかつたといふわけだ。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ええええ。遠慮はやめやめ。氏上づきあいじゃもの。ほい又出た。おれはまだ、藤原の氏上に任ぜられたわけじゃあ、なかったっけの。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
が、それ以来、爺やたちは全然収入の目あても無くなったわけですから、何んで食っているのか、私どもにはさっぱり見当もつきませんでした。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そしてお麗さんの望は、少くも学士位な人を夫に持ちたいというのだそうだ。そこで僕がその選にあたったというわけである。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
のちの月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。幼いわけとは思うが何分にも忘れることが出来ない。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
僕は心中ひそかに満足をおぼえた。レオナルド・ダ・ヴインチをおもひ起したのはかういふわけである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ぐつと襟元をつかんで引寄せられるやうな強い魅力を感じると共に、はては我れを忘れて其中そのなかへ突きつて共に顛倒てんだうし共に混迷したいやうな気持になるのはう云ふわけであらう。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
何等君を保護してくれなかつたわけなんだ。
帆の世界 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
仄聞そくぶんするところによれば、クロオデル大使はどう云ふわけか、西洋輓近ばんきんの芸術に対する日本人の鑑賞力に疑惑を抱いてゐるさうである。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つまりは物語や、それから游離した歌謡の上にのみ、情知りわけ知りらしく伝わったので、後世から憧れるほどのものでなかったのである。
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
いましがたまでの何か自分にもわけの分らないような気分が私にはだんだん一種のたしさに変り出したように見えた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かあ樣の處にはない。そりやあ遺言状の効力を失ふ場合もある。まあ出來る丈確實な方法を取つて置くといふわけなのだ。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じわけ
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
僕はなほその席で、これまで口をかんして赤彦君の病気を通知しなかつたわけをも話した。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
所が小説中夢を道具に使ふ場合は、その道具の目的を果す必要上、よくよく都合つがふい夢でも見ねば、実際見た夢を書くわけかぬ。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
男の沢山いる中で、それらの男を翻弄ほんろうする女が出て来て、これが毒婦・悪婆のわけだが、そうはっても毒婦・悪婆の範囲は広いのである。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そうしてわけのように弱々しい微笑をして見せながら、ふいと思い出したように、いくぶんせの目立つ手で、すこしもつれた髪を直しはじめた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
どうも歸るわけにはいかなかつたのだと思ふ。今をつとを愛してゐるだらうかと、自ら問うて見る。をつとい男ではない。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
こういう歌調も万葉歌人全般というわけには行かず、家持の如きも、こういう歌調を学んでなおここまで到達せずにしまったところを見れば、なんのと安易に片付けてしまわれない
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
科学上の産物さへかう云ふ条件を示してゐるとすれば、芸術上の作品は——殊に文芸上の作品はあらゆる条件を示してゐるわけである。
まして、戸口に消えるきわに、ふりかえった姫の輝くような頬のうえに、細く伝うもののあったのを知る者の、あるわけはなかった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「これを御覧なすって下さいまし。御目にかけてもしようのないものですけれど、まあ、これで殿に催促しにくいわけがお分かりになるでしょうから——」
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
少し無責任な事をしたようではあるが、僕はどんなお嬢さんでも貰わないと極めていたわけではない。貰う気になったら貰おうとだけは思っていたのである。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
併しこの「懸く」という如きい方はその時代に発達した云い方であるので、現在の私等が直ちにそれを取って歌語に用い、心の直接性を得るというわけに行かないから、私等は、語そのものよりも
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
が、その東京の町々の燈火が、幾百万あるにしても、日没と共に蔽いかかる夜をことごとく焼き払って、昼に返すわけには行きますまい。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして源氏は柏木を呼んで、酔い倒れるまで無理強いに酒をすすめる。柏木は其が原因で病死する。源氏が手を下さずして殺した事になるわけだ。
反省の文学源氏物語 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
昔に返ったような? ——しかし、それらの日々は私にとっては、前よりかもっと無聊で、もっと重くろしいところのあるのを認めないわけにはいかなかった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
実に馬鹿らしいわけである。何故というのに、秋貞というのはその店に折々見える、紺の前掛をした、せこけた爺さんの屋号と名前の頭字とに過ぎないのである。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「どうせあたしは檀那衆だんなしゆうのやうによくするわけにはかないんだから。」——お宗さんは時々兄さんにもそんな愚痴ぐちなどをこぼしてゐた。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
而も、其国土を、父の国と喚ばなかつたには、わけがあると思ふ。第一の想像は、母権時代のおもかげを見せて居るものと見る。
妣が国へ・常世へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
「急に悪くなられた方があって、いそいで居りますので……」そうその若い女の方でわけがましく云った。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
今別当の夜遊に出たのを真面目な顔で叱つて、自分に盗んだ物の事を問ふときには、何のわけだか知らないが、かへつ気色けしきやはらげてゐるやうなのを見て、八はいよいよ主人がすきになつた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
するとその麦酒罎には人の顔が一つうつつてゐた。それは僕の顔にそつくりだつた。しかし何も麦酒罎は僕の顔を映してゐたわけではない。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
叙事の匂いのつきまとった長詩形から見れば、短詩形の作物は、生命に迫る事には、一層の得手を持っているわけである。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
私はゆめうつつにそれを耳に入れながら、最初は母と一しょになってわけもわからず胸を一ぱいにしている。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その頃露伴が予にうには、君は好んで人と議論を闘わして、ほとんど百戦百勝という有様であるが、善くおよぐものは水におぼれ、善くるものは馬よりつるわけで、早晩いつか一の大議論家が出て
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし彼等の作品が後代を動かすに足るとすれば、それは唯彼等がどの位純粋な作家だつたかと云ふ一点に帰してしまふわけである。
そうして、そんなことにかまけることなく、何のわけやら知れぬが、一心に糸を績み、機を織って居る育ての姫が、いとおしくてたまらぬのであった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ようやくこうして取戻し出した自分自身が、あれほどそれに対して彼女の郷愁を催していた以前の自分とは何処か違ったものになっているのを認めないわけには行かなかった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
目が醒めて見れば、八は眠るとも思はずに眠つて夢を見てゐたのである。醒めた時はたしかに夢の最中であつた。何でも平生へいぜい仲の悪い熊といふ為事師しごとしに困らせられてゐた。どうしたわけだつたか知らん。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そう云う蟻には石燈籠いしどうろうの下や冬青もちの木の根もとにも出合った覚えはない。しかし父はどう云うわけか、全然この差別を無視している。……
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けれども役者である以上、全然踊らぬのではない。踊りを出し物にする役者が、外にあったと言うわけなのだ。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)