薄紅うすあか)” の例文
女は薄紅うすあかくなった頬を上げて、ほそい手を額の前にかざしながら、不思議そうにまばたきをした。この女とこの文鳥とはおそらく同じ心持だろう。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
他の一隊は、今や帝都の上にさがろうとする毒瓦斯の煙幕えんまくよりは、更に風上に、薄紅うすあかにじのような瓦斯を物凄ものすごくまきちらして行った。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
春の日ももう暮れて、長い渡り廊をつたって女房どもや青侍たちが運んでゆく薄紅うすあかい灯の影が、木の間がくれに揺れながら通った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから皮の薄紅うすあかいのと白いのがありますね、薄紅いのは肉用鶏にくようけいんだので白いのは産卵鶏の産んだのですから白い方がはるかに上等です。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
私は頬をふくらませて、何も云わずに、汗をいていた。どうも、さっきから、あの夾竹桃の薄紅うすあかい花が目ざわりでいけない。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
起き上がると、もう東の空が薄紅うすあかくなりかけていました。王子は国王と女王との所へ駆けて行きました。国王も女王も起き上がっていました。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
……雨水が渺々びょうびょうとして田をひたすので、行く行く山の陰は陰惨として暗い。……処々ところどころいわ蒼く、ぽっと薄紅うすあかく草が染まる。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
乙女心をとめごゝろ薔薇ばらの花、ああ、まだ口もきかれぬぼんやりした薄紅うすあか生娘きむすめ乙女心をとめごゝろ薔薇ばらの花、まだおまへには話がなからう、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
どうかすると彼女のあおざめたほおには薄紅うすあかい血の色が上って、それがまた彼女の表情をいじらしく鋭くした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と、門口かどぐちに一人の青年がまじまじと突っ立っていた。例の鼠の裸児はだかごがそのまま生長して大きくなったような顔の皮膚の薄紅うすあかであった。黄の軍服に紺の軍帽をかぶっていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その時も小鳥は頭を傾げて、不思議そうに老人の顔や、家の暗い様子などを眺めながら……薄紅うすあかい胸の温毛ぬくげを動悸に波打たせていた。老人はこの小鳥の可憐しおらしい様子を見て
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その針が薄紅うすあかい掌の肉の、円いくぼみに充たされていて、水銀が溜っているように見えたが、反射する光沢が交叉し合って、それが掌から二寸ばかりの上で、にじのような色彩を織っている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
薄紅うすあかい影、青い隈取くまどり、水晶のような可愛い目、珊瑚さんごの玉は唇よ。揃って、すっ、はらりと、すっ、袖をば、すそをば、あいなびかし、紫に颯とさばく、薄紅うすべにひるがえす。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長三郎はすぐに表へ出てゆくと、一月末の空はいよいようららかに晴れて、護国寺の森のこずえは薄紅うすあかく霞んでいた。音羽の通りへ出ると、市川屋の職人源蔵に逢った。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
枝にある仏蘭西の青梨は薄紅うすあかく色づいたのが沢山生り下っていたばかりでは無く、どうかすると熟した果実くだものは秋風に揺れて、まるで石でも落ちるように彼の足許あしもとへ落ちるのもあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
墓場の薔薇ばらの花、屍體したいから出た若いいのち、墓場の薔薇ばらの花、おまへはいかにも可愛かはいらしい、薄紅うすあかい、さうして美しい爛壞らんゑかをり神神かうがうしく、まるで生きてゐるやうだ、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
みちにさした、まつこずゑには、むさらきふじかゝつて、どんよりした遠山とほやまのみどりをけた遅桜おそざくらは、薄墨色うすずみいろいて、しか散敷ちりしいた花弁はなびらは、ちりかさなつてをこんもりとつゝむで、薄紅うすあかい。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
築地海岸にむかえる空は仄白ほのしろ薄紅うすあかくなりて、服部の大時計の針が今や五時を指すと読まるる頃には、眠れる街も次第に醒めて、何処いずくともなく聞ゆる人の声、物の音は朝の寂静しずけさを破りて
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
罌粟色けしいろ薔薇ばらの花、藥局やくきよくの花、あやしい媚藥びやくを呑んだ時の夢心地、にせ方士はうしかぶ頭巾づきんのやうな薄紅うすあかい花、罌粟色けしいろ薔薇ばらの花、馬鹿者どもの手がおまへの下衣したぎひださはつてふるへることもある
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
れるほどなれば、桜の枝も、墨絵のなかにつぼみを含んで薄紅うすあかい。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄紅うすあかく色がついてその癖筋が通っちゃあいないな。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)