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よしつね
ふりがな文庫
“
義経
(
よしつね
)” の例文
旧字:
義經
木曽義仲
(
きそよしなか
)
を討ったとき
義経
(
よしつね
)
は都に入るやいなや第一番に皇居を守護した、かれは正義の英雄である、
楠正成
(
くすのきまさしげ
)
の忠はいうまでもない。
ああ玉杯に花うけて
(新字新仮名)
/
佐藤紅緑
(著)
「心得申した」と東条数馬は、さも
潔
(
いさぎよ
)
く引き受けた。「たとえ
義経
(
よしつね
)
、
為朝
(
ためとも
)
であれ、必ず
某
(
それがし
)
引っ組んで取り抑えてお目にかけまする」
蔦葛木曽棧
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
そのうちで一
番
(
ばん
)
上のにいさんの
義朝
(
よしとも
)
は、
頼朝
(
よりとも
)
や
義経
(
よしつね
)
のおとうさんに
当
(
あ
)
たる人で、なかなか
強
(
つよ
)
い
大将
(
たいしょう
)
でしたけれど、それよりももっと
強
(
つよ
)
い
鎮西八郎
(新字新仮名)
/
楠山正雄
(著)
ひところ、
叡山
(
えいざん
)
の
西塔
(
さいとう
)
にもいたという
義経
(
よしつね
)
の臣、武蔵坊
弁慶
(
べんけい
)
とかいう男もこんな風貌ではなかったかと性善坊は彼のうしろ姿を見て思った。
親鸞
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
昔は村国の
庄司
(
しょうじ
)
と云って、その家の旧記によると、
文治
(
ぶんじ
)
年中、
義経
(
よしつね
)
と静御前とが吉野へ落ちた時、そこに
逗留
(
とうりゅう
)
していたことがあると云われる。
吉野葛
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
▼ もっと見る
わが国のアーサー王物語の主人公ともいうべき、
義経
(
よしつね
)
の書いたものだという伝説のある、奇妙な高札が日本のある寺院(
須磨寺
(
すまでら
)
)に現存している。
茶の本:04 茶の本
(新字新仮名)
/
岡倉天心
、
岡倉覚三
(著)
日本武尊
(
やまとたけるのみこと
)
東征の途中の遭難とか、
義経
(
よしつね
)
の
大物浦
(
だいもつのうら
)
の物語とかは果して颱風であったかどうか分らないから別として
颱風雑俎
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
ただ、
義経
(
よしつね
)
と
鉄木真
(
てむじん
)
とを同一人にしたり、秀吉を
御落胤
(
ごらくいん
)
にしたりする、無邪気な
田舎翁
(
でんしゃおう
)
の一人だったのである。
西郷隆盛
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
さらば、弟
義経
(
よしつね
)
と不和となるや、義経逮捕を名として、全国に
守護
(
しゆご
)
を配置して軍事、警察を
司
(
つかさど
)
らしめ、又
兵粮米
(
ひやうらうまい
)
徴発
(
ちようはつ
)
のために、各所の荘園に
地頭
(
ぢとう
)
を置いた。
二千六百年史抄
(新字旧仮名)
/
菊池寛
(著)
謡
(
うた
)
ったと伝うる(
鳴
(
なる
)
は滝)小さな滝の名所があるのに対して、これを
義経
(
よしつね
)
の
人待石
(
ひとまちいし
)
と
称
(
とな
)
うるのである。
瓜の涙
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
「それはあるさ、
義経
(
よしつね
)
の八そう
飛
(
と
)
びや、ネルソンの
話
(
はなし
)
など、
先生
(
せんせい
)
からいつきいてもおもしろいや。」
海の少年
(新字新仮名)
/
小川未明
(著)
そこには
義経
(
よしつね
)
や
敦盛
(
あつもり
)
の名の見える高札が立ててあった、それはどこへ行ってもかならずある、松だの小沼だのに対する伝説が書かれてあるのだ、康子は清三を振返って
須磨寺附近
(新字新仮名)
/
山本周五郎
(著)
ただしその話は
申合
(
もうしあわ
)
せたように
源平
(
げんぺい
)
の
合戦
(
かっせん
)
、
義経
(
よしつね
)
・
弁慶
(
べんけい
)
の行動などの外には出なかった。それからまた
常陸坊海尊
(
ひたちぼうかいそん
)
の仙人になったのだという人が、東北の各地には住んでいた。
山の人生
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
むかし、このへん一帯はひろびろした海であったそうで、
義経
(
よしつね
)
が家来たちを連れて北へ北へと亡命して行って、はるか
蝦夷
(
えぞ
)
の土地へ渡ろうとここを船でとおったということである。
魚服記
(新字新仮名)
/
太宰治
(著)
頼朝
(
よりとも
)
公と不和になられた
義経
(
よしつね
)
公が、
弁慶
(
べんけい
)
と
亀井
(
かめい
)
、
伊勢
(
いせ
)
、
駿河
(
するが
)
、
常陸坊
(
ひたちぼう
)
の四天王を引きつれて
陸奥
(
みちのく
)
へ下向される。一同は山伏に姿をやつしている。が、こうしたことは鎌倉に聞えている。
ながうた勧進帳:(稽古屋殺人事件)
(新字新仮名)
/
酒井嘉七
(著)
百樹
(
もゝき
)
曰
(
いはく
)
、
余
(
よ
)
越後にいたらば
板額
(
はんがく
)
あるひは
酒顛童子
(
しゆてんどうし
)
の
旧跡
(
きうせき
)
をもたづね、
新潟
(
にひがた
)
をも一覧なし、名の聞えたる神仏をもをがみたてまつり、
寺泊
(
てらどまり
)
にのこる
順徳帝
(
じゆんとくてい
)
の
鳳跡
(
おんあと
)
、
義経
(
よしつね
)
、
夢囱国師
(
むそうこくし
)
、
法然
(
はうねん
)
上人
北越雪譜:06 北越雪譜二編
(新字旧仮名)
/
鈴木牧之
、
山東京山
(著)
範頼
(
のりより
)
、
義経
(
よしつね
)
に六万余騎を率いさせて上ったが、すでに京に戦闘が起り、御所、内裏みな焼き払われ、天下は暗闇となったということが伝わったので、すぐに今、都へのぼっても軍のしようもあるまい
現代語訳 平家物語:08 第八巻
(新字新仮名)
/
作者不詳
(著)
これは
義経
(
よしつね
)
討伐のための臨時
兵糧米
(
ひょうろうまい
)
徴収を名として急に設置したものらしいが、それはそのまま恒久の制度となってしまったもので、このようなことは平家の専権時代にも見られなかったことである。
中世の文学伝統
(新字新仮名)
/
風巻景次郎
(著)
やはり、この和子の五体には、義家からの母御の血——
義経
(
よしつね
)
、頼朝と同じな、源家の武士の
脈搏
(
みゃくはく
)
がつよく
搏
(
う
)
っているらしい。
親鸞
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
弁慶
(
べんけい
)
は
義経
(
よしつね
)
といっしょに
度々
(
たびたび
)
戦
(
いくさ
)
に出て
手柄
(
てがら
)
をあらわしました。
後
(
のち
)
に
義経
(
よしつね
)
が
頼朝
(
よりとも
)
と
仲
(
なか
)
が
悪
(
わる
)
くなって、
奥州
(
おうしゅう
)
へ
下
(
くだ
)
った
時
(
とき
)
も、しじゅう
義経
(
よしつね
)
のお
供
(
とも
)
をして
忠義
(
ちゅうぎ
)
をつくしました。
牛若と弁慶
(新字新仮名)
/
楠山正雄
(著)
平家の追討にも、
義経
(
よしつね
)
、
範頼
(
のりより
)
の二弟をしてその事に当らしめ、自分は鎌倉を離れなかつた。武士が領国を離れ京洛の地に入ることは、その本拠を失ふことであることを心得てゐたのである。
二千六百年史抄
(新字旧仮名)
/
菊池寛
(著)
百樹
(
もゝき
)
曰
(
いはく
)
、
余
(
よ
)
越後にいたらば
板額
(
はんがく
)
あるひは
酒顛童子
(
しゆてんどうし
)
の
旧跡
(
きうせき
)
をもたづね、
新潟
(
にひがた
)
をも一覧なし、名の聞えたる神仏をもをがみたてまつり、
寺泊
(
てらどまり
)
にのこる
順徳帝
(
じゆんとくてい
)
の
鳳跡
(
おんあと
)
、
義経
(
よしつね
)
、
夢囱国師
(
むそうこくし
)
、
法然
(
はうねん
)
上人
北越雪譜:03 北越雪譜初編
(新字旧仮名)
/
鈴木牧之
、
山東京山
(著)
私は
那須与一
(
なすのよいち
)
や
義経
(
よしつね
)
の弓の話を思い出したりした。
春寒
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
それは、この母の
従姉弟
(
いとこ
)
に、今は、
奥州
(
みちのく
)
の藤原
秀衡
(
ひでひら
)
のもとに
潜
(
ひそ
)
んでいる源九郎
義経
(
よしつね
)
があり、また、近ごろ、伊豆で旗挙げをしたと沙汰する頼朝がある。
親鸞
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
そしておしまいに
奥州
(
おうしゅう
)
の
衣川
(
ころもがわ
)
というところで、
義経
(
よしつね
)
のために
討
(
う
)
ち
死
(
じ
)
にをしました。
牛若と弁慶
(新字新仮名)
/
楠山正雄
(著)
それから義家、為義、義朝と、いう風に、よく源氏の代々のお方には、義の字が用いられていますから、わたくしは、義——経。——
義経
(
よしつね
)
と名乗ろうと思います
源頼朝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
義経
(
よしつね
)
はもろ肌を脱いで、
小冠者
(
こかんじゃ
)
に、背なかの
灸
(
きゅう
)
をすえさせていた。
日本名婦伝:静御前
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
義
常用漢字
小5
部首:⽺
13画
経
常用漢字
小5
部首:⽷
11画
“義経”で始まる語句
義経袴
義経記
義経千本桜
義経公
義経堂
義経寺