練塀ねりべい)” の例文
うしろを限る書割かきわりにはちいさ大名屋敷だいみょうやしき練塀ねりべいえがき、その上の空一面をば無理にも夜だと思わせるように隙間すきまもなく真黒まっくろに塗りたててある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
去年の春麻布あざぶのさる町を通行したら高い練塀ねりべいのある広い屋敷の内で何か多人数打ち寄って遊んででもいるのか面白そうに笑う声が聞えた。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何んだろうと、私は松と話しながら、練塀ねりべいへ突き当って、上野町の方へ曲がって行こうとすると、其所そこに異様な風体ふうていをした武士の一団を見たのであった。
すたすたとお堂の前に帰っていった出会いがしらに、ぱったり顔を合わせたのは、練塀ねりべい小路の妙見堂から汗をふきふき駆けつけたあば敬とその一党です。
駕籠かごはいま、秋元但馬守あきもとたじまのかみ練塀ねりべい沿って、はすはなけんきそった不忍池畔しのばずちはんへと差掛さしかかっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
私は友人にいて、渡場から右の方へ折れて往った。そこは小さな人家がごたごたと並んでいた。一丁ばかりも往ったところで、左側にちょっとした白い練塀ねりべいのある家があった。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ばあさんにいた突當つきあたりは、練塀ねりべいか、たかいし塀腰へいごしらしかつたが、それはよくなかつた。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
練塀ねりべい小路の油屋、和泉屋の伜嘉三郎は思ひこがれて、枕もあがらないと言はれてゐますが、骨と皮ばかりになつてゐても、夜中に一度は外へ出て、フラフラと金澤町まで歩いて行き
太い大黒柱や、薄暗い米倉や、かつらの這い上った練塀ねりべいや、深い井戸が私には皆なありがたかったので、下男下女が私のことを城下の旦坊様と言ってくれるのがうれしかったのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ここらは一種の寺町ともいうべきところで、両側に五、六軒の寺がむかい合っていて、古い練塀ねりべいや生垣の内から大きい樹木の枝や葉の拡がっているのが、宵闇の夜をいよいよ暗くしていた。
半七捕物帳:23 鬼娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は練塀ねりべいの木戸門をぬけ、馬場に沿って聖坂へ出た。
末っ子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
則ち旧加州侯かしゅうこう練塀ねりべい立ちつづく本郷の暗闇坂の如き、麻布長伝寺あざぶちょうでんじの練塀と赤門見ゆる一本松の坂の如きはその実例である。
ここは向うが高いむねで、こっちが厚い練塀ねりべいらしいから風の音がそんなに聞えないけれど、先刻さっき俥へ乗った時は大変ね。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だんなは物知りだからご存じでしょうが、下谷の練塀ねりべい小路の三本えのきの下に、榎妙見というのがありますね。
みぎ白壁町しろかべちょうへのみちひだりれたために、きつねにつままれでもしたように、方角ほうがくさえもわからなくなったおりおり彼方かなた本多豊前邸ほんだぶぜんてい練塀ねりべいかげから、ひたはしりにはしってくるおんな気配けはい
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
平次が行つた先は、練塀ねりべい小路の油屋、和泉いづみ屋嘉七の店でした。
きはめて一直線な石垣いしがきを見せた台の下によごれた水色のぬのが敷いてあつて、うしろかぎ書割かきわりにはちひさ大名屋敷だいみやうやしき練塀ねりべいゑが
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
練塀ねりべい小路えのき妙見境内にて一人。
私たち二人は雑草の露にはかますそうるおしながら、この森蔭の小暗おぐらい片隅から青葉の枝と幹との間をすかして、彼方かなた遥かに広々した閑地の周囲の処々しょしょに残っている練塀ねりべいの崩れに
毅堂の新に居をぼくした竹町四番地の家は旧寄合生駒よりあいいこま大内蔵の邸内にまつられた金毘羅こんぴら神社とその練塀ねりべいを連ねた角屋敷かどやしきで、旧幕府作事方さくじかたの役人が住んでいた屋敷であったということである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
水戸藩邸みとはんていの最後の面影おもかげとどめた砲兵工廠ほうへいこうしょうの大きな赤い裏門は何処へやら取除とりのけられ、古びた練塀ねりべいは赤煉瓦に改築されて、お家騒動の絵本に見る通りであったあの水門すいもんはもう影も形もない。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
日頃人通ひとどおりの少ない処とて古風な練塀ねりべいとそれをおおう樹木とは殊に気高けだかく望まれる。
向側は一町ほども引続いた練塀ねりべいに、目かくしのしいの老木が繁茂した富豪のあき屋敷。此方こなたはいろいろな小売店のつづいた中に兼太郎が知ってからのち自動車屋が二軒も出来た。銭湯せんとうもこの間にある。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)