波紋はもん)” の例文
と見るまに、二のせきれいのうち、一羽がとろの水に落ちて、うつくしい波紋はもんをクルクルとえがきながら早瀬はやせのほうへおぼれていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
キンちゃんの声が大きかったので、池の水面から顔を出していた奇妙な魚がびっくりして、どぶんと波紋はもんをのこして沈んでしまったのだ。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その言葉が、一滴の水のように、私の心の中に波紋はもんをひろげた。私はそのときそれ以上を訊ねなかったが、楼主の娘に女学生でもいたのかも知れない。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
どッ! と、浪のような笑声が、諸士の口から一つに沸いて、初春はるらしく、豊かな波紋はもんを描いた。が、笑い声は長閑のどかでも、どうせ嘲笑ちょうしょうである。愚弄ぐろうである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
白、黒、黄、青、紫、赤、あらゆる明かな色が、大海原おおうなばらに起る波紋はもんのごとく、簇然そうぜんとして、遠くの底に、五色のうろこならべたほど、小さくかつ奇麗きれいに、うごめいていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三日月みかづきあわひかりあお波紋はもんおおきくげて、白珊瑚しろさんごおもわせるはだに、くようにえてゆくなめらかさが、秋草あきぐさうえにまでさかったその刹那せつな、ふと立上たちあがったおせんは
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
すると、教室のその一かくから、「あっ、くさっ、あっ、くさっ」という声が、波紋はもんのようにひろがり、ざわめきだす。すると藤井先生は、あわててハンケチを胸のポケットから出す。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
私の帽子の上に不意に落ちて来た桜の実が私のうちに形づくり、拡げかけていた悲しい感情の波紋はもんを、今しがたの気づまりな出会であいがすっかりき乱してしまったのを好い機会にして。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私は胸のあたりに、二筋三筋の静な波紋はもんを描いて、丁度真白な水鳥が、風なき水面をすべる様に、音もなく進んで行った。やがて、中心に達すると、黒くヌルヌルした岩の上にあがる。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
波紋はもんをおさめじっと動かなくなった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
もくり……と毒水どくすい波紋はもんがよれたかと思うと、せになった水死人すいしにん水草みずぐさの根をゆらゆらとはなれる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時の余は無論手がかなかった。しかも日は容易に暮れ容易に明けた。そうして余の頭をかすめてる心の波紋はもんは、したがっておこるかと思えばしたがって消えてしまった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
波紋はもん次第しだいおおきくびたささやかななみを、小枝こえださきでかきせながら、じっとみずおも見詰みつめていたのは、四十五のとしよりは十ねんわかえる、五しゃくたない小作こづくりの春信はるのぶであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
空にはうつくしい金剛雲こんごうぐも朱雀すざくのはらには、観世水かんぜみず小流ささながれが、ゆるい波紋はもんをながしている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「首懸の松はこうだいでしょう」寒月が波紋はもんをひろげる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眼もとに深淵しんえん波紋はもんのようなみをちらとうごかしながら、半兵衛重治も
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)