母屋もや)” の例文
母屋もやの几帳のかたびらひきあげて、いとやをら入り給ふとすれど、みな静まれる夜の御衣おんぞのけはひ、柔らかなるしもいとしるかりけり。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜は母屋もやの囲炉裏ばたをおのれの働く場所として、主人らの食膳しょくぜんに上る野菜という野菜は皆この男の手造りにして来たものであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人目について恥をかきそうな不安を覚えながら、源氏は導かれるままに中央の母屋もやの几帳の垂絹たれをはねて中へはいろうとした。
源氏物語:03 空蝉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
訶和郎かわろ兵士つわものたちの間を脱けると、宮殿の母屋もやの中へ這入はいっていった。そうして、広間の裏へ廻って尾花おばなで編んだ玉簾たますだれ隙間すきまから中をのぞいた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
お庄は銚子ちょうしを持って母屋もやの方へ来たきり、しばらく顔出しをしずにいると、また呼び立てられて、離房はなれの方へ出て行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
母屋もや塗籠ぬりごめのなかまで、邸じゅうを馳けまわって伜どもを探したが、国吉と泰博は下司の知らせで逸早く邸から逃げだし、きわどい瀬戸で助かった。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
田村のお母屋もやの裏廊下と云ふのは、一直線に五六間ばかりあつて、便所のあるところとは反對の端から、また曲つて四五間ばかりの縁がはが付いてゐる。
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
右手にお母屋もやの一部が腕のように伸びていて、別棟べつむねのように見えていた。そこは、店で売った品を、注文に応じて仕立てて届ける、お針たちの詰めているところであった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ややひろくひさしだしたる母屋もやづくり木の香にまじるたちばなの花
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
前に評釈した夏の句「の花やゆかしき母屋もや乾隅いぬいずみ
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
母屋もやにまた、おこる歓語さざめき……
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その晩、母屋もやの方へもどって行く半蔵を送り出した後、吉左衛門はまだ床の上にすわりながら、自分の長い街道生活を思い出していた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
寝殿を中央に、左右の対屋から北の母屋もや、奥のつぼねまでも、為に、夜空の雲にぬえでも現われたように——鳴りしずまって、しんとしてしまった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中央の母屋もやの御簾を皆おろして、夜居の僧のはいる室へ薫を案内したのを、中の君は実際身体も苦しいのであったが、女房もこう言っているのに
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
頭の地の透き透きになった、色の黒い大柄の媒介人なこうどは、落着きのない顔をしかめてまた母屋もやの方へ渡って行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
母屋もやかたあけ三丈の鈴のつな君とひくたびきぬもてまゐる
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
長羅は黙って再び母屋もやの方へ歩いていった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
の花やゆかしき母屋もや乾隅いぬいずみ
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
三棟みむねある建物のうしろには竹の大藪おおやぶがめぐらしてあって、東南の方角にあたる石垣いしがきの上には母屋もやの屋根が見上げるほど高い位置にある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
火は母屋もやの上へ燃えぬけてきた。そしてその大屋根の切妻きりづまの辺には、橘紋たちばなもんの古い旗がひらめいていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう言って歎息たんそくらしながら薫のすわり直したことにさえ、母屋もやの中の夫人は不安が感ぜられた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
磯野がちびちび酒を飲んでいる間も、お庄はちょいちょい母屋もやの方を気にして覗きに来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
の花やゆかしき母屋もや乾隅いぬいずみ
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
この九郎兵衛の声を聞いて、半蔵は母屋もやの方へ引き返して行ったが、客から吹きかけられた酒の臭気の感じは容易に彼から離れなかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母屋もや玉座ぎょくざには御簾みすがたれ、お胸のあたりが仰がれる程度にそのすそは巻かれてある。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼も妻子のところへ帰って来て、母屋もやの囲炉裏ばたの方で家のものと一緒に夕飯を済まし、食後に父をその隠居所に見に行った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
火近うともしたり、「母屋もやの中柱にそばめる人や我が心懸くる」と、まづ目とめ給へば、こきあやのひとへがさねなめり、なにかあらん上に着て、かしらつき細やかに、小さき人の物げ無き姿ぞしたる……
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母屋もやの方へ引き返して行って見ると、上がりはなたたんだ提灯ちょうちんなぞを置き、風呂ふろをもらいながら彼を見に来ている馬籠村の組頭くみがしら庄助しょうすけもいる。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上段の間、奥の間、仲の間、次の間、くつろぎの間、店座敷、それから玄関先の広い板の間など、古い本陣の母屋もや部屋へや部屋は影も形もない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
名古屋へ向けて半蔵がたつ日の朝には、お民をはじめ下男の佐吉まで暗いうちから起きて、母屋もや囲炉裏いろりばたや勝手口で働いた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
午後に、おまんは一通り屋敷のなかを案内しようと言って、土蔵の大きなかぎをさげながら、今度は母屋もやの外の方へお民を連れ出そうとした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その辺に仮小屋を造りつけ、戸板で囲って、たいせつな品だけは母屋もやの方から運んで来てある。そこにおまんや、お民なぞが避難していた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだ朝のうちのことで、毎日手伝いにかよって来る清助も顔を見せない。吉左衛門はその足で母屋もやの入り口から表庭を通って、門の外に出て見た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
旧本陣の母屋もやを借りうけている医師小島拙斎も名古屋の出張先から帰って来ていて、最後まで半蔵の病床に付き添い、脚気衝心かっけしょうしんの診断を下した。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この広い、掃除の届いた庭の内には、植木屋の母屋もやをはじめ、まだ他に借屋建しゃくやだての家が二軒もあって、それが私達の住まおうとする家と、樹木を隔てて相対していた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母屋もや石垣いしがきしたにあるふるいけ横手よこてから、ひつそりとした木小屋きごやまへとほり、井戸ゐどわき石段いしだんのぼるやうにしまして、祖母おばあさんたちはういそいでかへつてつたときのことをわすれません。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
この地内には、叔父が借りて住むと同じ型の平屋ひらやがまだほかにも二軒あって、その板屋根が庭の樹木を隔てて、高い草葺くさぶき母屋もやと相対していた。植木屋の人達は新茶を造るにせわしい時であった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三人は一緒に母屋もやの方へ降りて行った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)