此方このほう)” の例文
『さようか。いや御念入ごねんいりは結構。此方このほうも、歳のせいか、近来はとかく耳が遠い。それにな、物忘れや勘違いが多うて、閉口へいこうでござるよ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たゞし、此方このほう掛物かけものまへに立つて、はあ仇英きうえいだね、はあ応挙だねと云ふ丈であつた。面白おもしろかほもしないから、面白い様にも見えなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
真の定鼎はまだ此方このほうに蔵してあるので、それは太常公のいましめしたがって軽〻かろがろしく人に示さぬことになっているから御視おみせ申さなかったのである。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此方このほうだと炭の棒の消費が少ない。その他炭の棒やホヤや附属器械のパテントを一々数え立てたら限りがない。
ランプのいろいろ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と口をとんがらかしたも道理こそ。此方このほうづれのていは、と見ると、私が尻端折しりぱしょりで、下駄を持った。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
使を以て小栗に申出ずるよう江戸に浅田宗伯あさだそうはくという名医めいいありと聞く、ぜひその診察をいたしとの請求に、此方このほうにては仏公使が浅田の診察しんさつうは日本の名誉めいよなりとの考にて
お手紙を見て驚喜きょうき仕候、両君のへやは隣室の客を驚かす恐れあり、小生の室は御覧の如く独立の離島に候間、徹宵てっしょう快談するもさまたげず、是非此方このほうへ御出向き下され度くち上候
恋を恋する人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
何がさて空想でくらんでいた此方このほうの眼にそのなみだ這入はいるものか、おれの心一ツで親女房に憂目うきめを見するという事に其時はツイ気が付かなんだが、今となってう漸う眼が覚めた。
五銭の葉巻を二十銭に売った。お歌さんが勘定して見たら、此方このほうだけで六十本売れていた。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
みんな一時のなぐさみにして、あとは野となれ山となれ——芸人芸者の我々が、もし、此方このほうだけを打込んで、あとで知らぬと捨てられたら、そりゃ眼も当てられぬ浅間しさじゃ。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
歿なくなられた良人つれあひから懇々くれぐれも頼まれた秘蔵の秘蔵の一人子ひとりつこ、それを瞞しておのれが懲役に遣つたのだ。此方このほうを女とあなどつてさやうな不埒ふらちを致したか。長刀なぎなたの一手も心得てゐるぞよ。恐入つたか
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
思召の如く替へおほせて、二十九日敵陣へ無二無三に切入り給はんには、味方の勝利疑ひ有るべからず。仮令たとえば敵方にて此方このほうの色を察し出向はゞ、その処にて合戦すべし、何のこはきことが候ふべき。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しからぬ男だ、帰ったら糾明きゅうめいせねばならぬ。——其許そこもとを怨むどころか、此方このほうこそ、門下どもの統御の不行届き何とも面目ない」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
音楽は、はじめはことを習つたが、後にはピヤノにえた。ヷイオリンも少し稽古けいこしたが、此方このほうは手の使つかかたが六※かしいので、まあらないと同じである。芝居は滅多に行つた事がなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此方このほうがいい、半紙じゃ切らなけりゃならないから面倒だ」
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この度の役目上、此方このほうの好意に対して、礼をいわれる覚えこそあれ、刃物三昧をうけるなどとは、夢にも思い及ばぬ事。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一寸ちよつとい景色でせう。あの建築ビルヂング角度アングルの所丈が少し出てゐる。あひだから。ね。いでせう。君気が付いてゐますか。あの建物は中々なか/\うまく出来てゐますよ。工科もよく出来てるが此方このほううまいですね
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
町人共の喧騒けんそうは、むりもない。当然、彼らを先に安堵あんどさせてやらねばならぬ、騒ぎを見てから馳せつけるは、すでに、此方このほう共の手ぬかりであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めてつい駄ぼらが出たのだろうが、実は此方このほうこそ、吉岡清十郎の高弟、祇園藤次という者だ。以後、京流吉岡の悪評をいいふらすと、ただはおかんぞ
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同心河合伝八を殺害した不敵な曲者くせものは、およそ此方このほうにも目ぼしがついておるが、前後の事情、また官庫の附近に落ちていた証拠の品などから察するに
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そちの仕官中に、国許くにもとで、一、二度見かけた事がある。腕のたつ武士と、噂をきいていたが、いつの間にか、此方このほうの在府中に出奔したという事じゃった」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「たった今だ、ふいを狙って、此方このほうを河へ突き落すと、白魚橋を越えて、北河岸へ疾走した。すぐに行け」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この戦時、しかも敵の残党を詮議せんぎしておる此方このほうにたいして、御辺ごへんのいっていることは、まるで平時の医者の言だ。いまはそんなことに耳をかしているいとまはない。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小癪こしゃくをいうなどと、誰やら何日いつ此方このほう罵倒ばとうした者もいたが、これで佐々木小次郎が、天下の剣豪であるばかりでなく、軍学にも達していることが、よく分ったろう。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「たれかの紹介状でもあればなおよろしいが。——そうそう月ヶ瀬に此方このほうの懇意にしている鎧師よろいしで柳生家へも出入りしている老人がある、なんなら頼んであげてもよいが」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「左様なこと、汝らが、訊かんでもいい。此方このほうは、工事場見廻りの役、怪しいと認めたによって、取調べるのじゃ——誰様のおゆるしをうけて、お城の地勢や、御普請などを写し取ったか」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おやじ、まことに相済まぬ頼みだが、実は、鳥目を一銭も持ち合せておらぬ。——と申しても、無心を頼むわけではない、此方このほうが持ち合せておる品物を、その価として取っておいてくれまいか」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此方このほうは、南の与力、鈴木藤吉郎じゃ、これにおるは、小倉庵の長次——」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、それにしても、此方このほうの申したことは、多年の体験と感得かんとくからつかみ得た単純な道理にすぎない。まだ、その理法を明らかにし、それを基本として一流の兵法を構成するまでには至っていない。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
成敗せいばいは、此方このほうらがする。おまえ達は、持場へ行って仕事にかかれ」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死後生あり、生後死あり、人間の一魂は、生々死々輪輾りんてんして極まりのないものなのだ。もし此方このほうが狐狸のしょうならば、お前のほこ先に当るべくもない。そちもよもや変化に劣るが如き脆弱ぜいじゃくな腕は持つまい。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——な、何とした事。これやひどい、此方このほう、一人を置いて」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此方このほうは、清十郎の叔父にあたる者でござる。おてまえ様の儀は、かねて、清十郎からも、頼母しき御仁ごじんなりと承っておりました。どういう行き違いか、門弟どもの卒爾そつじは、この老人に免じて勘弁して下さるよう」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此方このほうのたましいを、何で足にかけられた」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——無事な所まで、此方このほうの船で」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)