欺瞞ぎまん)” の例文
欺瞞ぎまんと強欲と狡猾こうかつのために、いつも抑えつけられ、踏みにじられている、無知や愚鈍のかなしさは、飽きるほど見もし聞きもしている。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さすがに、これには彼もぎょっとしたが、いかにも柔い嫋々なよなよしい彼の体は、充分に心の乱れた女房の眼を欺瞞ぎまんすることに成功した。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けっして、そんな卑劣漢じゃない! 少なくとも、あなたはあまり長く自己欺瞞ぎまんをやらないで、一度に最後の柱へぶっつかったのです。
要するに真の詩は、「詩的の内容」が「詩的の形式」に映ったもので、この内容のない韻文は、実体なき欺瞞ぎまんの幻影にすぎないのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
何が満たしてくれるであろうか? そして右の二つの偶像さえ、実は崇高な欺瞞ぎまんであって、しかも女のうちの多くの者には拒まれており
自己欺瞞ぎまんに陥り、ときどきはっきりと、自分は今こそなんら心配することなく支店長代理と争ってよいのだ、と信じるのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
迷信、頑迷がんめい欺瞞ぎまん、偏見など、それらの悪霊は、悪霊でありながらもなお生命に執着し、その妖気ようきの中に歯と爪とを持っている。
それと結びついて政治学に伴う困難は、政治で語られる言葉が、多少とも現実と合わなかったり欺瞞ぎまんふくんでいることである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
自分に新しい学問の必要を教えてくれたのは、あの少年の頃の医者の欺瞞ぎまんだ。あの時の憤怒ふんぬが、自分に故郷を捨てさせたのだ。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
芥川あくたがわが彼を評して老獪ろうかいと言ったのは当然で、彼の道徳性、謹厳誠実な生き方は、文学の世界に於ては欺瞞ぎまんであるにすぎない。
デカダン文学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
かの公卿一味の“文談会”なども、この老学者を引っぱり出して、表面、資治通鑑しじつがんの講義を聴く会だなどと、世間を欺瞞ぎまんしていたものである。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
第一は伯父さんや刑事が賊の足跡を見落したという解釈、賊は例えば獣類とか鳥類とかの足跡をつけて我々の目を欺瞞ぎまんすることが出来るからね。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人間の誠意や愛が他人に働きかけて、それが人の世界をもっと住みよいものにしない限り、そうした教えは遂に何らかの欺瞞ぎまんでなくて何であろう。
自分の餘命と藝術を、不肖ふせうの伜に捧げ盡して惜まなかつた、初代勘兵衞の欺瞞ぎまんは、何は兎もあれ、一應は許さなければならない種類のものだつたのです。
ただ一つ、兄に罪ありとすれば、それは欺瞞ぎまんと虚構の上に、人間の幸福は築かれないということを、忘れていたことくらいのものであろうと思われます。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
第二には工場の組織にいつも欺瞞ぎまんが潜むのです。それは結局商業主義であって、何よりも利が眼目です。質はこれに比べるなら二次にのつぎのことに過ぎません。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかし偉大なる欺瞞ぎまん者があって常に私を欺いているのでもなかろうか。真の神という如きものもないのではないか。しかし斯くまで疑うにしても、欺かれる私はある。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
つじつまを合わせるために多少の欺瞞ぎまんを許容したこしらえものの事であり、随筆とは筆者の真実、少なくも主観的真実を記録したものであるというふうにも見られる。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自己欺瞞ぎまん酩酊めいていとに過ごそうとするのか? のろわれた卑怯者ひきょうものめ! その間をなんじみじめな理性をたのんで自惚うぬぼれ返っているつもりか? 傲慢ごうまんな身のほど知らずめ! 噴嚏くしゃみ一つ
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いや、我我の自己欺瞞ぎまんは一たび恋愛に陥ったが最後、最も完全に行われるのである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして欺瞞ぎまんに落ちた周囲の中に、一人離れて真理を追求しつつ敬虔けいけんなる努力をつづけている選まれたる人と、敗戦の苦痛によって鍛え上げられた一民族のうちに潜んでいる再興の力とを
隠さずに真実を言ってくれ。自分に少しの欺瞞ぎまんもないことを言ってほしい
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
どうでしょう、私の心に自信が湧いてきたのです。私が自分の才能と認めているものはことごとく一種の自己欺瞞ぎまんなのではあるまいか。私にあるただ一つの情熱、自分はもうそれをたのむわけにはゆかない。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
すでにそれはぼくを支える力ではなく、ぼくの生身を、その自己欺瞞ぎまんを、裏面からするどい尖端せんたんで突つきつづけてめない。……「率直」な実行力とは、健康の同義語なのだ、とふいにぼくは思った。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
欺瞞ぎまんだ。欺瞞だ。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのとき彼は、自分が汚れていること、姉弟を伴れ出すのも欺瞞ぎまんであることに気づき、するどい悔恨と苦痛におそわれた。
何という驚くべき欺瞞ぎまんであっただろう。パノラマ館のそとには、電車が走り、物売りの屋台が続き、商家ののきが並んでいる。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
信長入洛じゅらくの事、聞き及ぶが如く也。将軍を擁立ようりつし、四民を欺瞞ぎまんせんとするも、政事まつりごとわたくしし、その暴虐ぼうぎゃくぶりは、日をうておおがたいものがある。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところがそんなことは皆うそであって、私にたいするあなたの愛情は欺瞞ぎまんにすぎなかったことを、私は今さとりました。あなたは私をもてあそんでいらした。
しかし、私の言っていることは、真理でも何でもない。ただ時代的な意味があるだけだ。ヤッツケた私は、ヤッツケた言葉のために、欺瞞ぎまんを見破られ、論破される。
余はベンメイす (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
人は未来の生を、かの天国にか、かの地獄にか、どこかに所有すると言わば言うがいい。私はそういう欺瞞ぎまんの言葉を信じない。ああ人は私に犠牲と脱却とを求める。
兵粮丸には、麻痺藥まひやくを用ひて、一時胃を欺瞞ぎまんするのと、カロリーの多い食糧のエキスを取つて、少量の食用で大きいエネルギーを出させるやうに出來たのとあります。
いろいろの策略とか術策とか謀略とか、時には欺瞞ぎまん威嚇いかくや暴力やテロすらも行われるのである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
忍従か、脱走か、正々堂々の戦闘か、あるいはまた、いつわりの妥協か、欺瞞ぎまんか、懐柔か、to be, or not to be, どっちがいいのか、僕には、わからん。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
いや、たぶんこれは明瞭に愚かしい自己欺瞞ぎまんだ。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
【ロ】 視覚をあざむく(F・Mなし) ★前記は耳にたいする欺瞞ぎまんだが、ここにしるすのは目にたいする欺瞞である。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「たれか、そのような、欺瞞ぎまんに乗せられようぞ。予は速やかに出陣する。そして呉を討ち、関羽の霊をなぐさめよう」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気おくれがしてるそれらのばかな善人らのうちには、自分らのほうが誤りで欺瞞ぎまん者どものほうが正当だと、ついに思い込んでしまってる者さえある。
欺瞞ぎまんは一七八九年をめとり、神法は一つの憲法の下に隠れ、擬制は立憲となり、特権や妄信もうしんや底意は
兵糧丸には、麻痺薬を用いて、一時胃を欺瞞ぎまんするのと、カロリーの多い食糧のエッキスを取って、少量の食用で大きいエネルギーを出させるように出来たのとあります。
修業者たちがその欺瞞ぎまんを看破(どうして看破しないことがあろう)して、なおどれだけ自分を求め、自分を慕って来るかという、衆望の熱度を知ることができるのであった。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
伝統とか、国民性とよばれるものにも、時として、このような欺瞞ぎまんが隠されている。凡そ自分の性情にうらはらな習慣や伝統を、あたかも生来の希願のように背負わなければならないのである。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
目出度いとも、何とも、形容の言葉が無かった。馬鹿息子である。女とは、どんなものだか知らなかった。私はHの欺瞞ぎまんを憎む気は、少しも起らなかった。告白するHを可愛いとさえ思った。
架空かくう欺瞞ぎまんや希望的観測の上に政策を立てないためにも不可欠である。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
死の欺瞞ぎまんについて奇矯な着想が幾つかある。その一つは職業利用の殺人で、自殺したとしか考えられないものである。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼女のそういう無分別さの半ばは、みずから好んでやってる欺瞞ぎまんだった。他の半ばは、恋したいという楽しい馬鹿げたいつまでもせない欲求だった。
自分はこの叡山えいざんの首座にあって、天台の法燈に、欺瞞ぎまんえりをかさねていた慈円僧正は、われわれの輿論よろんに追われていたたまれず、尾を巻いて山を逃げ降りた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんなからくりは珍しいことではない、我々の身辺にはもっともっと辛辣しんらつな悪どい欺瞞ぎまんや詐偽が網を張っている、ただそれが美しい修辞法で巧みにおおわれているだけにすぎないのだ。
留さんとその女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私の欺瞞ぎまん、私の汚辱、私の怯懦きょうだ、私の裏切り、私の罪悪、それを私は一滴一滴と飲み、また吐き出し、また飲み込み、夜中に終えてはまた昼に始め、そして私の朝の挨拶あいさつも偽りとなり
平次は黙って涙をぬぐいました。自分の余命と芸術を、不肖の倅に捧げ尽して惜しまなかった、初代勘兵衛の欺瞞ぎまんは、何はともあれ、一応は許さなければならない種類のものだったのです。