櫛比しっぴ)” の例文
ポツポツやけのこりの鉄骨が立って居るばかり、櫛比しっぴした通並は一目で本所まで見晴せそうだ。三宅坂へ出て、半蔵門辺のやけ跡を見る。
お互に、糞丁寧にお辞儀をする人々。町の両側に櫛比しっぴする店は、間口がすっかり開いていて、すべての活動を、完全にさらけ出している。
すべて嫖客の便を計って陰陽の気の物をひさぐ店が櫛比しっぴしているところから江戸も文久と老いてさえ、この辺は俗に照降町と呼ばれていた。
右手の道は、工事中の活動写真館があったり、空地があったりするが、その先は人家が櫛比しっぴして省線の停車場ステーションになっている。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
浅草観音堂裏手の境内がせばめられ、広い道路が開かれるに際して、むかしから其辺に櫛比しっぴしていた楊弓場ようきゅうば銘酒屋のたぐいがことごとく取払いを命ぜられ
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
歩道には大きな自然石が出鱈目に敷かれて、漁村のような原始的な建物が櫛比しっぴしている。通りの巾は一けんもあろうか。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
木曾福島の関所の高地から目の下の宿しゅくを見おろすと、屋根へ石をのせた家ばかりが櫛比しっぴしていて、ちょうど豆板という菓子でもしてあるような奇観。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人家が独立して周囲に立木たちきがある為に、人家じんか櫛比しっぴの街道筋を除いては、村の火事は滅多めったに大火にはならぬ。然し火の一つ飛んだらば、必焼けるにきまって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あるものは「奴隷の湖」を越してマカラム街に櫛比しっぴする珈琲コーヒー店の食卓へ、またはホテル皇太子プリンスの婦人便所へ、他の一派は、丘の樹間に笹絹レースのそよぐ総督官舎の窓へと
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
(宏壮な建物が櫛比しっぴしてあるといい度いが、場所によるとそれ程にはいかぬ。上野からはいって来た方面はむしろ歯が抜けたように立っているという方が適切である。)
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
文字通り目茶苦茶に櫛比しっぴしていたが、それは全く見る人の心を、都会嫌忌にまで導くに足りた。
畳まれた町 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夜明前には奥漢鉄路で捕えられた二百名からの党員が銃殺されて、珠江に投げ棄てられた死体が河畔の摩天楼の下に櫛比しっぴして河底に埋もれ、蛋民タンミンによって水葬されたのだ。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
こうした方々が、白壁の小家が櫛比しっぴするこの狭衝の町、また、イラクのバグダットと肩をならべる世界一暑い首府の——ムスカットを見ちがえるように飾ってしまったのである。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
人家の櫛比しっぴと煤煙が近づき、車はその中へ突入します。北千住駅で私たちは降ります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それでも幾日いくにちめか、幾月いくつきめか、うみうえただよったあかつきには、燈火ともしびうつくしい、人影ひとかげうごく、建物たてもの櫛比しっぴした、にぎやかなみなとはいってきて、しばらくはおちつくことができるのだとられました。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ここは世界に著名なだたるアルプス山麓の大遊楽境、宏壮優雅な旅館ホテル旗亭レストオランいらかをならべ、流行品店グラン・モオド高等衣裳店スチュディオ、昼夜銀行に電気射撃、賭博館や劇場やと、至れり尽せりの近代設備が櫛比しっぴして
文化風の建物が櫛比しっぴして賑やかな都会となっているが、そのころはまだ北佐久郡東長倉村の一集落で、茅葺屋根の低い家並みが続いていて、ペンキ塗りの外人の避暑小屋は落葉松の林のなかに
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そのくせ大通にあつては両側に櫛比しっぴせる商戸金色燦爛さんらんとして遠目には頗る立派なれど近くれば皆芝居の書割然かきわりぜんたる建物にて誠に安ツぽきものに候、支那は爆竹ばくちくの国にて冠婚葬祭何事にもこれを用ゐ
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いつのまにか両側は櫛比しっぴした町家になっている。
そしたら、稲ちゃんの手紙でね、夏しか住みにくくて、その夏には四五千の都会人士がつめかけて、名流人の御別荘櫛比しっぴの由。ハアハア笑ってしまった。
この寺院に達する路の両側には、主として玩具屋や犬の芸当や独楽こままわし等の小店が櫛比しっぴしている。
まさに退いて世の交りを断たん事を欲し妓家ぎか櫛比しっぴする浅草代地あさくさだいち横町よこちょうにかくれ住む。たまたま両国大相撲春場所の初日に当りてあたり何となく色めき立てる正午ひる近くなり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そのあたりは、七条坊門やら、塩小路、楊柳やなぎ小路などの細かい人家が櫛比しっぴしている所だったが、焼けたのは、六波羅勤ろくはらづとめの侍屋敷一軒だった。金田鳥羽蔵正武の屋敷だった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くわえ込みの木賃宿 hotel para pernoitar の軒灯がななめによろめいて、ちょうど理髪屋みたいな、土間だけの小店が細い溝をなかに櫛比しっぴしている。
眼下はるかに塔米児タミイル斡児桓オルコン両河の三角洲。川向うの茫洋たる砂漠には、成吉思汗ジンギスカン軍の天幕ユルタ、椀を伏せたように一面に櫛比しっぴし、白旄はくぼう、軍旗等翩翻へんぽんとして林立するのが小さく俯瞰ふかんされる。
浜町というところは、今は人家櫛比しっぴしてそのおもかげもありませんけれども、むかしはひなびていて、風流人に縁のある土地で、下町では八丁堀茅場町辺と対立していたという話であります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ギゼーの町は小さくはあるが、街の中央の道路には、軽快な電車もかよっているし、小綺麗な旅館も櫛比しっぴしているし、椰子の樹蔭こかげも諸所にあって、金字塔ピラミット見物の遊覧客に、気に入られそうな町である。
木乃伊の耳飾 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
工場といかがわしきカフェーがちゃんぽんに櫛比しっぴして居ります。鉄、キカイの下うけ工場があり、ゴムの小工場がある。昨日歩いたところとは同じ側のすこしずれたところですが。
街道の要衝だし、また家々は、大昔の武蔵の国庁こくちょう時代からの櫛比しっぴである。それとこの川止め客の混雑とで、酒は売れ、辻喧嘩は宵をそよがせ、旅籠旅籠の駒のさくまで、夜をいななき騒いでいた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両側には小さな店が櫛比しっぴしているのだが、その多くは閉じてあった。
其時人々の前には、眼界遙かに穏やかな入海と、櫛比しっぴした町々の屋根が展開される。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ニューヨークのあの摩天楼の櫛比しっぴした上に巨大な破壊力がおちかかる時の光景を想像すれば、どんな蒙昧な市民も、それが、ノア洪水より、みじめな潰滅の姿であることを理解するだろう。
平和への荷役 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その月の光は崖下の櫛比しっぴした屋根屋根を照し、終夜、床下で虫が鳴いた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
石がちの土質の白っぽさも、東北とは全く異って櫛比しっぴした町々の屋根、前に見える細い街路も面白かった。二人で来ることのなかった重吉の故郷の景色として、沿線の眺めはひろ子のこころに迫った。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)