木履ぼくり)” の例文
やがて、妻のお次が、庭石づたいに、客を誘って来る木履ぼくりの音にも、そのふたりがすぐ縁先へ近づくまで気づかなかったふうである。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人は髪の二三寸伸びた頭をき出して、足には草履をはいている。今一人は木の皮で編んだ帽をかぶって、足には木履ぼくりをはいている。
寒山拾得 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
月明に木履ぼくりの音を響かせて濶歩して行くというわけでもなく、着流しの白衣びゃくえの裾から、よく見ると足の存在をさえ疑うほどの歩みぶり。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
木魚の音のポン/\たるを後に聞き朴歯ほおば木履ぼくりカラつかせて出で立つ。近辺の寺々いずこも参詣人多く花屋の店頭黄なる赤き菊蝦夷菊えぞぎくうずたかし。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それが少しばかり大山よりも高かったので、大山は腹を立てて、木履ぼくりをはいたままで韓山の頭を蹴飛ばしたといいます。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
鈴のついた木履ぼくりをはいて眉を落した六つばかりの女の子の手を引いてゆく耳かくしをゆつた姉らしい女は女給ででもあらうか、素足の足の裏が黒い。
砂がき (旧字旧仮名) / 竹久夢二(著)
夕方になつて風外は風をれようと思つて、団扇を片手に木履ぼくりを穿いて使僧の休んでゐる室の前をぶらぶらしてゐた。
茶話:12 初出未詳 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
そのうちに聞こえて来る前触しらせの拍子木。草履のはためき。カラリコロリという木履ぼくりの音につれて今日を晴れと着飾った花魁衆の道中姿、第一番に何屋の誰。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そういう体へ着けているのは、巫女みこの着る白衣であり、そういう足に穿いているのは、一本歯の木履ぼくりであった。そうして腰のあたりに差しているのは、四尺ほどの御幣ごへいであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小道具など色々の細工物に金銀をついやし高価の品を作り、革なども武具のおどしにも致すべきものを木履ぼくり鼻緒はなおに致し、もっての外の事、くつは新しくとも冠りにはならずと申すなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
柿色に蝶鳥を染めたる大形の裕衣きて、黒襦子と染分絞りの晝夜帶胸だかに、足にはぬり木履ぼくりこゝらあたりにも多くは見かけぬ高きをはきて、朝湯の歸りに首筋白々と手拭さげたる立姿を
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
木履ぼくりの 音さへ 身に沁みる
法師たちの高歯の下駄や木履ぼくりが彼の背をふんづけた。牛若はくやしがって、その毛脛けずねへしがみついたが、荒縄でくくりあげられてしまった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裲襠うちかけ、眼も眩ゆく、白く小さき素足痛々しげに荒莚あらむしろを踏みて、真鍮の木履ぼくりに似たる踏絵の一列に近付き来りしが、小さき唇をそと噛みしめて其の前に立佇たちとまり
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この時、地を踏む木履ぼくりの音と、しわぶきの音とを立てながら、一人の老僧が近寄って来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
柿色に蝶鳥てふとりを染めたる大形の裕衣ゆかたきて、黒襦子くろじゆす染分そめわけ絞りの昼夜帯ちうやおび胸だかに、足にはぬり木履ぼくりここらあたりにも多くは見かけぬ高きをはきて、朝湯の帰りに首筋白々と手拭てぬぐひさげたる立姿を
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかも薬用としてこれを売り出すのでなく、ただ土人がこれを用いて木履ぼくりを製するばかりだといっているから、結局まだ特にあの方面にこの木が盛んに繁殖している原因は明らかでないのである。
アテヌキという地名 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しとみを上げる音がした。——間もなく、つぼのうちで、あかりが揺らぐ、そして、木履ぼくりの音が、カタ、カタ、と近づいてきた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柿色かきいろ蝶鳥てうどりめたる大形おほがた浴衣ゆかたきて、黒襦子くろじゆす染分絞そめわけしぼりの晝夜帶ちうやおびむねだかに、あしにはぬり木履ぼくりこゝらあたりにもおほくはかけぬたかきをはきて、朝湯あさゆかへりに首筋くびすぢ白々しろ/″\手拭てぬぐひさげたる立姿たちすがた
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
例によって白の行衣を着、一本歯の木履ぼくりをはき、長目の御幣ごへいを持っていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして木履ぼくり穿いて降り立つと、まがきの菊の根を縫って来る小流ささながれに身をかがめて、口をそそぎ手をきよめなどしていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
禰宜ねぎ山辺守人やまのべもりとは、時鳥ほととぎす仏法僧ぶっぽうそう啼音なきねばかりを友として、お宮の脇の小さい社家に住んでいたが、甚助の姿が見えると、かたこと木履ぼくりの足音をさせて出て来た。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
建水分神社の宮司岡山氏が、私たちのため、雨傘をし添えて、石階数百段を木履ぼくりで案内してくださる。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いえ、どう致しまして……」と番僧は木履ぼくりを鳴らして本院の方へ戻って行く。——その後で、弦之丞二、三服の煙草をくゆらしてから、ゆったりと立ち上がった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法達の木履ぼくりの音が、折返して少し小きざみに飛石を歩いて来ましたので、庭の植込みをさしのぞくと
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その画にもんだらしく、武蔵が筆を洗い出したので、もういっぺん頼んでみようかと、城太郎が唇をめてなにかいいかけると、飛石を拾って来る木履ぼくりの音がして
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——もうやがて夜が明けましょう。範宴どの、またあすの朝お目にかかります」あかりだけをそこにおいて、聖覚法印は、木履ぼくりの音をさせて、ことことと立ち去った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
範宴は、やがて、大勢の俗衆と共に、そこの聴聞ちょうもんの門をくぐってゆく。法筵ほうえんへあがる段廊下の下には、たくさんな草履だの、木履ぼくりだの、草鞋わらじだのが、かたまっている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことにこの辺は、朝の早い法師たちが、叡山から下りて来るし、叡山えいざんへ上って行くし、夜さえ明ければ、木履ぼくり穿いて、肩をいからして歩く僧侶の姿を見ない日はない。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
静かに、足をめぐらして、十歩ばかり戻ると、庭先へ出る手洗口ちょうずぐちがある。そこの沓脱石くつぬぎにある木履ぼくり穿いて、庭づたいにめぐって、安房守が呼んでいる座敷の前へ出て行った。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敷石をふむ木履ぼくりの音がしてきて、客房のえんに、誰か人の気配がする……。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朱塗しゅぬりの木履ぼくりまろばせて行きます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)