ことさら)” の例文
此方こなたは愈大得意にて、ことさらしずかに歩めば、二人は遂に堪へ兼ねて、言葉をかけ、予の成功を祝せし後、「何処にて釣り候ぞ」と問へり。
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
彼の眼は子供のように、純粋な感情をたたえていた、若者は彼と眼を合わすと、あわててその視線を避けながら、ことさらに馬の足掻あがくのを叱って
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくしは問題なき処にことさらに問題を構へ成すものでは無い。しかしわたくしは一の証拠を得むことを欲する。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
庭の風情ふぜいそはりけれど、軒端のきばなる芭蕉葉ばしようば露夥つゆおびただしく夜気の侵すにへで、やをら内に入りたる貫一は、障子をててあかうし、ことさらに床の間の置時計を見遣りて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
比日このころ天地てんちわざわひ、常に異なる事有り。思ふに朕が撫育むいくなんぢ百姓に於きて闕失けつしつせる所有らむか。今ことさらに使者を発遣ほつけんしての疾苦を問はしむ。宜しく朕がこころを知るべし。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
せしがまたことさらにホヽとわらつてじやうさま一寸ちよつ御覽ごらんあそばせこのマア樣子やうす可笑をかしいことよと面白おもしろげにいざなはれてなんぞとばかり立出たちいづ優子いうこ八重やへ何故なぜ其樣そのやうなことが可笑をかしいぞわたしにはなんともきを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
別に何うもしません、左様さ投捨て仕舞いました、外へ出てから目「では誰か拾た者があろう、好し/\わしく探させて見よう」読者よ目科は奥の奥まで探り詰ん為めことさらかゝいつわりの問を設けて
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
彼はことさらみはれるまなここらして、貫一のひて赤く、笑ひてほころべるおもての上に、或者をもとむらんやうに打矚うちまもれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それが素戔嗚尊すさのおのみことには腹も立てば同時にまた何となく嬉しいような心もちもした。彼は醜い顔をしかめながら、ことさらに彼等をおびやかすべく、一層不機嫌ふきげんらしい眼つきを見せた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし書を著すものはことさらに審美学者の所謂無秩序中の秩序を求め、参差さんし錯落の趣を成して置きながら、這般しやはんの語を以て人を欺くのである。たゞ清川の此八字は実録である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そうして、残酷な世間の迫害に苦しんでいる、私たち夫妻に御同情下さい。私の同僚の一人はことさらに大きな声を出して、新聞に出ている姦通かんつう事件を、私の前で喋々ちょうちょうして聞かせました。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蘭軒の外舅ぐわいきう飯田休庵が七十の賀をした。「歌詠学成仙府調、薬丹伝得杏林方」は蘭軒が贈つた詩の頷聯である。わたくしは休庵が事迹の徴すべきものがあるために、ことさらに此二句を録する。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
頭を捻向ねぢむけて満枝に対せる鴫沢の顔の色は、この時ことさらに解きたりと見えぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さもなければ夜伽よとぎ行燈あんどうの光の下で、支考と浮世話に耽つてゐる際にも、ことさらに孝道の義をいて、自分が師匠に仕へるのは親に仕へる心算つもりだなどと、長々しい述懐はしなかつたであらう。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)