たんび)” の例文
その声が如何いかにも死んだ人の声に似ている。いつもその天総寺へ遊びに来るたんびに、そう云う風にその人は呼んでいたそうです。
□本居士 (新字新仮名) / 本田親二(著)
「貰って置かなければ路頭に迷う人間ですって。喧嘩をして首になるたんびに食い込んで、悉皆すっかりなくしてしまった頃、漸く人生が分るんですって」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お島はそのたんびに、目に涙をためて溜息ためいきいたが、還るとも還らぬとも決らずに、話がぐずぐずになる事が多かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのたんび微傷かすりきずです、一年三百六十五日、この工合じゃあ三百六十五日目に、三百六十五だけ傷がついて、この世をよろしく申させられそうで、わっしも、うんざり。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その男はそれからといふもの女房かないと寝るたんびに、以前の放蕩を思ひ出して、一両づつ貯金筒に投げ込んで置いた。
「それにあのかたも、オホホホ何だと見えて、お辞儀するたんびに顔を真赤にして、オホホホホホ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
美「いやだアね、人…たった五六たび呼ばれたお客の死んだたんびにお寺詣りするくらいなら、毎日お墓詣りをして居なければなりやアしない詰らないじゃアないか、お止しなさいな」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其のたんび御小言おこごとを頂戴致しましてネ、家庭のく治まつて、良人をつとに不平をいだかせず、子女こどもを立派に教育するのが主婦たるものの名誉だから、ても及びも着かぬことではあるが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ついこんな破滅はめにも成つて了つて、私は実に済まないと、自分の身を考へるよりは、貴方の事が先に立つて、さぞ陰ぢや迷惑もしておいでなんだらうに、逢ふたんびに私の身を案じて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そう思って、それらの銀器を衣嚢かくしへねじこんだが、動くとそのフォークやナイフががちゃがちゃ鳴るものだから、空家で聞き手がないと知りつつも、その音のするたんびにどぎまぎした。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「ほんとに岸本先生はお目にかかるたんびに違ってお見えなさる……紅い顔をしていらっしゃるかと思うと、どうかなすったんじゃないかと思うほどあおい顔をしていらっしゃることがある……」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
振り動かすたんびに云うに云われぬ美しい芳香かおりが湧き出すのであった。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
お島はその八畳を通るたんびに、そこに財布を懐ろにしたまま死んでいる六部の蒼白あおじろい顔や姿が、まざまざ見えるような気がして、身うちが慄然ぞっとするような事があった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「もうこれで三度目ですよ。そのたんびに小千円もかゝるんですから、水力電気はもうフル/\ですわ」
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして曲角カアブにかゝると無益やくざな人形を振り落さうとでもするらしく、そのたんびにお客は横へけし飛びさうになつたが、唯一人大久保氏のみは、へんもない顔で衝立つてゐる。
私の子だよ、お蔦さん、身体からだへ袖が触るたんびに、胸がうずいてならなんだ、御覧よ、乳のはったこと。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二百両でなくとも五十両にでもなれば、幇間をめる気でげすから釜の有るたんびに買って来ますが、碌なものは有りませんで、考えれば可笑しいなんと、舁夫かごかき取捕とッつかまってね、あの時は
「見ねえ、身もんでえをするたんびに、どんぶりが鳴らあ。腹の虫が泣くんじゃねえ、金子かねの音だ。びくびくするねえ。お望みとありゃ、千両束で足のほこりはたいて通るぜ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
詩人の蒲原有明かんばらありあけ氏は、どんない景色を見ても、そこで何かべねば印象が薄いといつて、かはつた土地へたんびに、土地ところの名物をぱくづきながら景色を見る事にしてゐる。
彼方あちらへ往くたんびに札びら切って、大尽風をふかしているお爺さんが、鉱山やまが売れたら、その女を落籍ひかして東京へつれていくといっているから、それを踏台にして、東京へ出ましょうかって。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
し其の身に附いてゝも其の子の代には屹度消える訳のもので、火事盗難という物が有るから、どんなでか身上しんしょうでも続いて十度とたびも火難に出逢い、たてたんびに蔵までも焼いたら堪るものじゃなかろう
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
到来物たうらいもの粕漬かすづけを送つたり、掘立ほりたての山の芋を寄こしたりして、そのたんび一寸ちよつと絵の事をも書き添へておくが、画家ゑかきなどいふものは忘れつぽいものと見えて、粕漬や山の芋を食べる時には
丈助さんの来るたんびにチビ/\上げたのもおおきい事じゃアないか、今度また急に百両、おいそらと云っても、斯んな立退中ざますもの、碌なお客はありやアしまへん、あんな乱暴もんの畳を揚げたり
そして其のたんびに、窓口で証明をもらつてゐた。
籠の小鳥 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)