巧者こうしゃ)” の例文
頭のまんなかに重いものをのせて、手ばなしであるいてくるなどということは、ちっとやそっとの巧者こうしゃではまねられるものでない。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
稀に来る都人士には、彼の甲斐々々しい百姓姿を見て、一廉いっかど其道の巧者こうしゃになったと思う者もあろう。村の者は最早もう彼の正体しょうたいを看破して居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「そりゃ絵筆も巧者こうしゃでしょうが、女にかけてもするどい野郎で、いつの間にか、師匠の娘とあの通り乳繰合ちちくりあっているんです」
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私のお染は幸にして評判がよかった。「清ちゃんの節廻ふしまわしにはとても巧者こうしゃなところがあるわ。」とお糸さんは褒めてくれた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
今考えて見るとナカ/\巧者こうしゃだったが、その頃の我輩は徹頭徹尾迷惑した。しかし物は考えようさ。わざわいを転じてさいわいにするように心掛けなければいけない。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
電気直後のは一番巧者こうしゃだが、面白さは電気以前のだ。愛好家協会で吹込ませたのも、芸の老境が判って面白い。
花村甚五衛門宗房もまた早陣の巧者こうしゃであって、城中の家臣もその風に化せられその道にかけては素早やかった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こうすれば男というものは抵抗できなくなると承知している巧者こうしゃな身振りで、相手の胸にどっと身を投げかけ、ただもう優しくありたいとねがっているように
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一生涯いっしょうがいの狂人はかえって出来安いが、筆をって紙に向うあいだだけ気違にするのは、いかに巧者こうしゃな神様でもよほど骨が折れると見えて、なかなかこしらえて見せない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
このおとこは、あまり植木うえきについて巧者こうしゃでなかったとみえて、すっかりよわらしてしまいました。
葉と幹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
人間も利口で、かつは器用なたちであるので、針仕事などは年にもまして巧者こうしゃであった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は元来囲碁いごを知らぬ、少しも分らないけれども、塾中の書生仲間に囲碁が始まると、ジャ/″\巧者こうしゃなことをいって、ヤア黒のその手は間違いだ、れ又やられたではないか
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そうそう風流ふうりゅうな、さしいあそびもすこしはありました。それはしゅとして能狂言のうきょうげん猿楽さるがくなどで、家来達けらいたちなかにそれぞれそのみち巧者こうしゃなのがりまして、私達わたくしたち時々ときどき見物けんぶつしたものでございます。
竹刀しないの稽古と真剣とは全く別物であること。剣術の巧者こうしゃは必ずしも真剣の勇者ではないこと。誰もいいそうなことだが、この老人は相応に実験を積んで来たと見えて、耳新しく聞えました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
巧者こうしゃな源十郎、一気にこれだけしゃべって、チラリとおさよの顔を盗み見ると、おさよは今までにも、すっかり食わされているから、この源十郎の深謀を知る由もなく、もうすっかりその母親
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
新内しんないが来る、義太夫ぎだゆうがくる。琴と三味線を合せてくるのがある。みんな下手へたではない、巧者こうしゃが揃っているからだ。向う新道の縁台でやらせている遠く流れてくる音を、みな神妙に聴入っている。
乗合のりあい話好はなしずき爺様じいさんて、それが言ッたよ。上手な船頭は手先でぐ。巧者こうしゃなのは眼でぐ。それが名人となると、はらぐッ。これはおおいにそうだろう。沖で暴風はやてでもッた時には、一寸先は闇だ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
打ちかたの巧者こうしゃによっては自分のネンボウは深く刺され、同時に敵のをはね出して倒す。そうするとその棒をこちらへ取ってしまうのである。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と尾沢生は苦笑にがわらいした。堀口生は年長だけにしゃべりだすとナカナカ巧者こうしゃで、結局二人を和解させた。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「いや、貴さまもだいぶ、巧者こうしゃになったな。さすがの大蔵も、漆桶までは気がつかなかった」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口が巧者こうしゃに働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾いかんなく世の中へたたきつけて始めて真面目になった気持になる。安心する。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むろんこういう巧者こうしゃなことは素人しろうとにはできない。職人はまた腕前うでまえをしめすべく、棟やのきはしの切りそろえに、あしとか篠竹しのだけとかの切り口を、順序よくならべて見せている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
どっちも酒にかけては一かどの巧者こうしゃ強者つわもの、酒戦の勝負はいつ果つべしとも見えなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はお延を慰めにかかった。彼女の気に入りそうな文句を多量に使用した。沈着な態度を外部側そとがわにもっている彼は、また臨機に自分を相手なりに順応させて行く巧者こうしゃも心得ていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「その間に八田君と湯浅君は課長になりました。これは会社の仕事ばかりしていたんですから昇進するのが当り前です。此方は葬式と婚礼の取扱いが巧者こうしゃになるばかりで、些っとも能がありません」
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「だからたぶん、飛道具とびどうぐを持たせたら、きっと巧者こうしゃだろうと思うんだが……」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いくら旋毛曲つむじまがりの井口君でもそれに反対はないさ。しかしあの男は犯罪を専門に研究しているんだから、頭脳あたまの中に石川五右衛門以来の知識が醗酵はっこうしている。彼奴ぐらい巧者こうしゃな泥棒はまず絶無の筈だ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しかし、真田昌幸は、小さな存在でも、百錬ひゃくれん巧者こうしゃである。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)