妄念もうねん)” の例文
なさけない……なになにやら自分じぶんにもけじめのない、さまざまの妄念もうねん妄想もうそうが、暴風雨あらしのようにわたくしおとろえたからだうちをかけめぐってるのです。
あれさ妄念もうねん可恐おそろしい、化けて出るからお止しよといえば、だから坊はね、おいらのせいじゃあないぞッて、そう言わあ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伊勢守に対する欽仰きんぎょうの念が、彼の小我や妄念もうねんのすべてを解決したのである。——いさぎよく、彼は伊勢守に入門をうた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長崎屋が、広海屋に対して、どんなに修羅しゅらをもやしているかは、雪之丞がよく知っている——それに負けぬ妄念もうねんを、広海屋の方でも抱いているのは当然と思われた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
実在の苦境くぎょうの外に文三が別に妄念もうねんから一苦界くがいを産み出して、求めてそのうち沈淪ちんりんして、あせッてもがいて極大ごくだい苦悩をめている今日この頃、我慢勝他しょうた性質もちまえの叔母のお政が
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
しかるに静御前義経公に別れ給いし妄念もうねんにや夜な夜な火玉となりて右井戸よりいでし事およそ三百年そのころおい飯貝村に蓮如上人れんにょしょうにん諸人を化益けやくましましければ村人上人を相頼あいたのみ静乃亡霊を
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
所をことにする夜泣きの刀の妄念もうねん、焔と化してめらめらとかれの裾から燃えあがると見えた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ある晩なんかは、管弦楽を指揮しながら、公衆の前で裸体になりたい妄念もうねんとたたかいつづけたこともあった。その考えをしりぞけようとつとめる片側から、その考えにまた襲われた。
妄念もうねんとでも云ったらいいでしょうか、私はそれにとりかれてしまったのです
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きているあいだは、自動車じどうしゃに、ったことのないまずしいおとこ霊魂れいこんは、いま金色きんいろ自動車じどうしゃせられて、冥土めいどたびをつづけました。また、ありがたいおきょうによって、すべての妄念もうねんからあらきよめられた。
町の真理 (新字新仮名) / 小川未明(著)
葉子はやがて自分の妄念もうねんをかき払うようにこういって、女中を呼んだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
むべきは英雄である、現代の日本は英雄崇拝の妄念もうねんを去って平等と自由に向かって進まねばならぬ、すべての偶像ぐうぞうを焼いて世界の趨勢にしたがわねばならぬ、私の論はこれをもっておわりとします
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
復一はそれを自分の神経衰弱から来る妄念もうねんのせいにしていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
奮起一番、こんな妄念もうねんたたきださなくちゃいけないわ。
妄念もうねんは起さずに早うここを退かっしゃい、助けられたが不思議なくらい、嬢様別してのお情じゃわ、生命冥加いのちみょうがな、お若いの、きっと修行をさっしゃりませ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酒売りの捨て科白ぜりふは、もとより楊志ようしへのつらアテだったが、兵たちの妄念もうねんを、一そうあおり立てたふうでもあった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左膳を斬るまえにまずお艶への妄念もうねんをこの坤竜丸の冷刃で斬って捨て、すっぱりと天蓋無執てんがいむしゅう、何ものにもわずらわされない一剣士と化さなくては、とうてい自由な働きは期し得ない!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そんな、悪どい妄念もうねんまで抱いていたのに、雪之丞は、ほとんど、一世一代の重大な危機にのぞんでいるという自覚さえないように、ただ彼女のいうままに、動いているだけだ。お初は、歯がみした。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その氷を破って全身を八寒のうちに没して、あらゆる妄念もうねんを洗って後、御堂みどうゆかに着くのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幕府の為政者にその久しい妄念もうねんがあれば、その間は、民草の家の一戸一戸のうちに、村々の神社の森の一叢ひとむら一叢に、その不朽をちかう精神は無言に守られていたのである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妄念もうねんの鬼になって、この縁下に、寸前の闇を、猜疑さいぎの眼にさぐりながら、息をころしていた時の自分と、こうして、明らかに、安らかに、われらと語り合っている自分と
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「酒はねえが、果物まで付いてやがる。ふふふふ、こうなると、この世に妄念もうねんが多くなるな」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初め、木の皮も喰いたいような飢餓きがに襲われた。それがやむと、時折、胃ぶくろが暴れて苦悶した。それに馴れると、妄念もうねんが起った。肉体の疲労が、自分の踏む足にもわかった。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ツケあがるわけじゃありませんが、旦那も人間なら、お察しなすっておくんなさい。もう意地にも我慢にも……。これを見て飲まねえじゃあ、妄念もうねんが残って、腰も上がりませんや」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敵とか、味方とか、そういうへだても掻き消え、長政が信長にいだいていた感情やら反抗やら、あらゆる小さい妄念もうねんは、ふと、彼のすがたや心から古蒼こそうした胡粉ごふんのようにがれていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はやはりおりの中の武人であった。帰するところ、主従のきずながちきれなかった。しかし、そういう妄念もうねんを抱いてからは、家康のていを見ても、何となく、冷たい主人に見えて来た。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)