)” の例文
男の我を忘れて、相手を見守るに引きえて、女は始めより、わが前にわれる人の存在を、ひざひらける一冊のうちに見失っていたと見える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人の仁太郎氏は丁度留守で大振りのけやきの長火鉢の前にはお寿賀さんばかりがわっていたが私を見ると頷いて見せた。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
めしくはせろ!』と銀之助は忌々いま/\しさうに言つて、白布はくふけてある長方形の食卓の前にドツカとはつた。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
吉里はにやにや笑ッていて、それで笑いきれないようで、目をえて、体をふらふらさせて、口からよだれらしそうにして、手の甲でたびたび口を拭いている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
鉄のお城の中の大きな大きな鉄のへやの中の、高い高い鉄の台の上に鉄の椅子を据えて、真黒な着物を着て鉄の冠をかむってわっておりましたが、そのへや中のものは鉄の壁も鉄の床も
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
手拭を右の手に握り、甕から少しはなれた所に下駄を脱いで、下駄から直に大胯おおまたに片足を甕に踏み込む。あつ、と云いたい位。つゞいて一方の足も入れると、一気にどう尻餅しりもちく様にわる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それから最初さいしよのうちは、めてはるのは難儀なんぎだから線香せんかうてゝ、それで時間じかんはかつて、すこづゝやすんだらからうとやう注意ちゆういもしてれた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ところが、壊れ易い玩具のような、その美しい青年が、長火鉢を前に私の横に端然とわっているでは無いか。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
吉里は蒼い顔をして、そのくせ目をえて、にッこりと小万へ笑いかけた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
立ってもおらぬ、坐ってもおらぬ、細君の腰は宙に浮いて、膝頭ひざがしらは火桶のふちにつきつけられている。わるには所を得ない、立っては考えられない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから最初のうちは、つめてわるのは難儀だから線香を立てて、それで時間を計って、少しずつ休んだら好かろうと云うような注意もしてくれた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
消化こなれないかた團子だんごとゞこうつてゐるやう不安ふあんむねいだいて、わがへやかへつてた。さうしてまた線香せんかういてはりした。其癖そのくせ夕方ゆふがたまですわつゞけられなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
下へ降りるやいなや、いきなり風呂場ふろばへ行って、水をざあざあ頭へかけた。茶の間の時計を見ると、もう午過ひるすぎなので、それを好い機会しおに、そこへわって飯を片づける事にした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「君まだいるのか」と主人はいつのにやら帰って来て迷亭のそばわる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実を云うと、この男の次へでもわろうかと、ひそかに目標めじるしにして来たくらいだ。校長はもうやがて見えるでしょうと、自分の前にあるむらさき袱紗包ふくさづつみをほどいて、蒟蒻版こんにゃくばんのような者を読んでいる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わがわる床几の底抜けて、わが乗る壇の床くずれて、わが踏む大地のこく裂けて、己れを支うる者は悉く消えたるに等し。ギニヴィアは組める手を胸の前に合せたるまま、右左より骨もくだけよとす。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
文章を髭から捻り出して御覧に入れますと云う見幕けんまくで猛烈に捻ってはねじ上げ、ねじ下ろしているところへ、茶の間から妻君さいくんが出て来てぴたりと主人の鼻の先へわる。「あなたちょっと」と呼ぶ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)