在所ざいしょ)” の例文
まだ木綿問屋にいた頃、飯炊めしたきのじいさんが、若い時分在所ざいしょにあった事実談だといって、気味の悪い話をしたのを、彼はよく覚えている。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
足にまかせて行くほどに、山路に迷い込んだりしたが、夜が明けた頃ふたゝび元の在所ざいしょへ戻って来たところを、討手に捕えられた。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
江戸の人達はさびしいと云うが、佐倉の在所ざいしょに住み馴れた金右衛門らは、このくらいの所をさのみ珍らしいとも思わなかった。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
実は今日こんにちまで先祖の菩提所ぼだいしょなる下総しもうさ在所ざいしょに隠れておりましたが是非にも先生にお目にかかり、折入ってお願い致したい事が御座りまして
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
七海があんな小さな在所ざいしょで神輿を買うて富来祭の仲間入をしたのは本当に偉い。己りゃ何よりそれが嬉しかった。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
「此処らは最早もう在所ざいしょだもの。竹藪は多い筈さ——京都は団扇うちわ扇子おうぎの産額が日本一だからね。藪が大財源だから枯らさないように竹専門の産業技師を置いてある」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
声をかけた人は、そろりそろりとドアの方に近づいて行った。やがて扉に手が触れたので、両手を上下左右に伸ばしながら把手ハンドル在所ざいしょを探しもとめた。把手はあった。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おそらく、伊賀方面も、在所ざいしょ在所の郷武者まで、わき返っているのだろう。——そして北条方の者、宮方の者、おのおの虎視眈々こしたんたんと、めあい出したにちがいない。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここがわしの生れ在所ざいしょ、四、五丁ゆけば、などと、やや得意そうに説明して聞かせる梅川忠兵衛の新口にのくち村は、たいへん可憐かれんな芝居であるが、私の場合は、そうではなかった。
故郷 (新字新仮名) / 太宰治(著)
産れは八王子のずっと手前の、ある小さい町で、叔父おじ伝通院でんずういん前にかなりな鰹節屋かつぶしやを出していた。新吉は、ある日わざわざ汽車で乗り出して女のうま在所ざいしょへ身元調べに行った。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし寂しい在所ざいしょの村はずれ、川端かわばた、森や古塚の近くなどには、今でも「良くないところだ」というところがおりおりあって、その中には悪い狐がいるといううわさをするものも少なくはない。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
東京へ出て我が才識をぎ世を驚かすほどの大功業を建てるか、天下第一の大学者とならんと一詩をのこして新潟の学校を去り在所ざいしょにかえりて伯父に出京の事を語りしに、伯父は眉をひそ
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
何時いつも草花を折って頭髪かみしていた、せぎすな、手足のしんなりとした、それはきれいむすめであったよ、そのむすめ在所ざいしょへ往くには、小さな岬の下の波の打ちかける処を通らねばならなかったが
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
母親の言ったつくりごとを真に受けて、あの十二月の初め寒い日に、山科やましな在所ざいしょという在所を、一日重い土産物みやげものなどを両手にさげて探し廻ったこと、それから去年の暮のしかも二十九日に押し迫って
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
一茶に「五月雨さみだれの竹にはさまる在所ざいしょかな」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
在所ざいしょの者も白い眼で見るし
母の手紙 (新字新仮名) / 中野鈴子(著)
「お急ぎの御用があれば格別、今年はまあ在所ざいしょに御辛抱なすって、また来春お出でなさいまし」と、亭主は言った。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
翌朝麻布の娼家しょうかを立出で、渋谷村しぶやむら羽根沢はねざわ在所ざいしょに、以前愚僧が乳母うばにて有之候おつたと申す老婆ろうば
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
生れ在所ざいしょ安中町あんなかまち、ケチな野郎でございますが、うぞ宜しくお見知り置きを願い上げます
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
黄塵ばくばくの中に、豊原、斎宮いつきなどという町の家並が過ぎてゆく。伊勢らしい在所ざいしょ風景、どの家も、商家らしいのに、戸は昼もおろして、しんと眠っているような田舎町ばかり。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そういうものはすこしもえんりょにおよばぬから早々に在所ざいしょへ引き取ったがよい、罪なき人をひとりでもよけいころすことは本意でないと仰っしゃって、いとまを取りたいものには取らせ
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
柿一本の、生れ在所ざいしょや、さだ九郎。
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
どこからか柔かいこうの匂いが流れて来て、在所ざいしょ育ちの藻はおのずと行儀を正さなければならなかった。あるじの大納言師道卿は彼女と親しく向かい合って坐った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ウム、方々ほうぼう落武者おちむしゃ浪人ろうにんで、めしえないさむらいなどは、よく名のある者のすがたと偽名ぎめいをつかって、無智むち在所ざいしょの者をたぶらかして歩く手輩てあいがずいぶんある。おおかたそんな者たちだろう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし京と大阪の間は気候風土の関係が阪神間のようなわけには行かないらしく田園都市や文化住宅地がそうにわかにはひらけそうにもおもえないからまだしばらくは草ぶかい在所ざいしょのおもむきを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おかんはかっとなって男の喉をしめた。在所ざいしょ生まれで、ふだんから小力こぢからのある彼女が、半狂乱の力任せに絞めつけたので、孱弱かよわい男はそのままに息がとまってしまった。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すべて白衣びゃくえの行者姿で、三国越え、清水峠、渋峠などから手分けして、一時に諸方の在所ざいしょ在所へ触れたとすれば、おそらく同一人の所業にもみえたであろうし、日かずといっても須臾しゅゆのまに
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おかをみれば、とまり八幡やわた白子しらこ在所ざいしょ在所、いずれをみても荒涼こうりょうたるはらと化して、あわれ、並木なみきのおちこちには、にげる途中でなげすてた在家ざいかの人の家財荷物かざいにもつが、うらめしげに散乱して、ここにも
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)