喉元のどもと)” の例文
手負ておいはうんとばかりにのたりまわるを、丹治は足を踏み掛けて刀を取直し、喉元のどもとをプツリと刺し貫き、こじられて其の儘気息いきは絶えました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
窮厄きゅうやくにおりながら、いわゆる喉元のどもと過ぎて、熱さを忘るるのならい、たてや血気の壮士は言うもさらなり、重井おもい葉石はいし新井あらい稲垣いながきの諸氏までも
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
それがどう云うものか、云おうとするとたちまち喉元のどもとにこびりついて、一言ひとことも舌が動かなくなってしまうのでございます。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると熱いものが脊髄せきずいの両側を駆け上って、喉元のどもとを切なくき上げて来る。彼は唇を噛んでそれを顎の辺で喰い止めた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼女は改めてそう云う相手の昔とそっくりな、おとなしい、悪気のない様子を見ていると、なぜか痙攣けいれんが自分の喉元のどもとを締めつけるような気がした。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼女は自分の白いやさしい喉元のどもとにジャヴェルの大きい荒々しい手をあてた、そして、ほほえみながら彼をながめた。
喉元のどもと過ぎれば暑さを忘れるという。実際われわれには暑さ寒さの感覚そのものも記憶は薄弱であるように見える。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
メルキオルは肱掛椅子ひじかけいすり返っていたので、身をかわすすきがなかった。子供はその喉元のどもとをつかんで叫んだ。
正覚坊はそこにぐったりとなって、喉元のどもとをふくらましながら、はあはあと息をきらしてるらしいのです。
正覚坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
鶏小屋とりごやに大きな青大将が入って、模型卵もけいらんをのんだ、と日傭ひようのおかみが知らして来た。往って見ると、五尺もある青大将が喉元のどもとふくらして、そこらをのたうちまわって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
喉元のどもとから胸へ流れる、嬌めかしい丸みの極まるところに、梅のつぼみのような乳首をつけてふっくりと固く盛上る乳房——どこに一点の塵もなく、ぬめのように艶々つやつやとした皮膚は
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
よほど喉元のどもと過ぎてこわいことがくそになった時分まではありはしなかった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
とはいえ、今は亡びたりといえ、旧主新免家の代々よよの御恩も、忘却してはならぬ。——なおなお、われらこの地に流浪の日には、落魄おちぶれ果てていたことをも、喉元のどもとすぎて、忘れては身に済まぬ。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庸三も声が喉元のどもとつかえたようで、瞬間ちょっといやな感じだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
つくさして引入ひきいれしすくなからず塞翁さいをうがうまきことして幾歳いくとせすぎし朝日あさひのかげのぼるがごといまさかゑみな松澤まつざは庇護かげなるものから喉元のどもとすぐればわするゝあつ對等たいとう地位ちゐいたればうへこぶうるさくなりてひとりつく/″\あんずるやうけい十町じつちやう
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ぐいぐいと喉元のどもとを締める
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
気早な一人が、いきなり其角の胸倉を取って、刃をどきどきする喉元のどもとへ突つけた。
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
時々この文明の胃袋は不消化に陥り、汚水は市の喉元のどもとに逆流し、パリーはその汚泥おでい反芻はんすうして味わった。そしてかく下水道と悔恨との類似は実際有益だった。それは人に警告を与えた。
彼は道へまでも行きつけるだろうか。引返して娘のところへ駆けつけるために、立止りはしないだろうか。そしてもしその時は?……彼は娘の喉元のどもとをとらえていたあの眩迷げんめいの瞬間を思い出した。
しかも毛利先生はその度にひどく狼狽ろうばいして、ほとんどあの紫の襟飾ネクタイを引きちぎりはしないかと思うほど、しきり喉元のどもとへ手をやりながら、当惑そうな顔をあげて、あわただしく自分たちの方へ眼を飛ばせる。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
空をって飛んだ矢はあやまたず、疾走している狼の喉元のどもとをぷつりと射抜いた。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
上靴うわぐつの中に逃げ込む白い足、鏡の前にも人のひとみの前かのように身を隠す喉元のどもと、器具のきしる音や馬車の通る音にも急いで肩の上に引き上げられるシャツ、結わえられたリボン、はめられた留め金
と障子を明けて覗く、その喉元のどもとへ、正吉はいきなり刺身庖丁を突っ込んだ
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
喉元のどもとまで叫び声が出たが、彼女はそれを押さえつけた。
裂けた上衣からはあらわな喉元のどもとが見えていた。