はか)” の例文
古新聞を焚いて茶をわかしていると、暗澹あんたんとした気持ちになってきて、一切合切が、うたかたのあわよりはかなく、めんどくさく思えて来る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私がはかない期待を抱いて東京から九州へ参りましてから今はもう十年になりますがその間の私の生活はただ遣瀬やるせない涙を以ておおわれました。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
亡霊ぼうれいのようなはかなさで、あなたはまた誰にかののしられたのか、両掌りょうてで顔をおおい、泣きじゃくりながら近づいて来るのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
はかない夢はある同窓の学友の助言から破れて行った。彼は自分と繁子との間に立てられている浮名というものを初めて知った。あられもない浮名。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
フランス人のはかない言葉は軽佻な洒落となってパッと輝くと、そのまま雲散霧消してしまい、また、ドイツ人の知的ではあるがぎこちない言葉は
一方天高く遙かに仰ぎ見る如きぬかづいた心で居ながら、而もその人が世にも不幸なはかない者に思はれて、慈悲の眼で、陰から見守つてやりたくなる。
私がもう清浄な身体からだでないこと……自分でもそうは思われないくらいのはかない一刹那の出来事……それがタッタ一滴の血液の検査でわかるとは……。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「歩きますわ、御覧なさいな。」と沈んだ声でいいながら、お雪は打動かす団扇の蔭から、はかない一点の青いともしで、しばしば男の顔を透かして差覗さしのぞく。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大体人間というものは、空想と実際との食い違いの中に気息奄々えんえんとして(拙者なぞは白熱的に熱狂して——)暮すところのはかない生物にすぎないものだ。
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その音のうちには人生のはかなさだの、煩悩ぼんのうだの、愚痴ぐちだの、歎きだのが、纒綿てんめんとこぐらかっているように聞えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
泉原は住馴れた倫敦の下宿へ帰ってからも、その当座は頻りにグヰンのはかない一生が思出されてならなかった。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
安値あんちよく報酬はうしう學科がくくわ教授けうじゆするとか、筆耕ひつかうをするとかと、奔走ほんそうをしたが、れでもふやはずのはかなき境涯きやうがい
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その校長の子は今日その遊び仲間を振り切つて帰つて来た。何となしに起るはかない気鬱きうつと、下腹に感ずる鈍い疼痛とうつうとがやむを得ずその決心に到らしめたのである。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
が、日を経るにつれて、この、考えてみると根拠よりどころのない期待は、薄らぐ一方だった。万一もしやはかない希望が、しんしんと心を刻む痛さ、寒さに、置き代えられて来た。
とうとうこの自分の建てた塔のてっぺんから地上へ身を投げてはかない最期をとげたとのこと。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
真佐子はますます非現実的な美女に気化して行くようではかない哀感が沁々と湧くのであった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
楽壇にデビューしてからたった一年、それは華々しくはあったが、短くはかない人気でした。
いかなる権力も恋愛を奪うことは出来ない。そして自由とは本質的に孤独なものだ。自由が与えられた故に、何事でも自由に表現出来ると思うのは、人間のはかない空想であろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
浮気なうかれや、はしたない町のむすめが、ほんの一夜、ふた夜、ねむられぬ枕の上で描いて見る、まぼろしの恋よりも、もっともっとはかない、つまらない、いやしい恋としか
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
つまり人は誰でも死ななければならないという事がはかないことのようにも思われる。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
銀子の横顔に写る陽射しははかなき男の血潮であろうか、その接吻せっぷんふくれた唇
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
で解剖される人に向ツて、格別はかないと思ふやうなことも無ければ、死の不幸を悲しむといふやうなことも無かツた。彼の人の死滅に對する感想は、木の葉の凋落てうらくする以上の意味は無かツたので。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
明け放れた空に浸みとおった朝日の黄色っぽい色と、これもまた、愈々いよいよあかるい色になった砂の山々であった。その砂に生えたはかなげなハマナスが、彼女の膝の下で赤い茎をおしつぶされていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と、はかない夢を追うのであった。
はかなげのいき絶えざまや
しやうりの歌 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
異境につちかわれた一輪の花の、やはり、実を結びがたいなやみとはかなさがあらわにあらわれていて、ぼくには如何いかにも哀れに、悲しい夢だとおもわれたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その深い罪のお詫びは、仮令たとえ、このはかない玉のが絶えましてもキットお側に付添うて致します。……お別れしたくない……子供の事を呉々くれぐれもお願いします。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
安値あんちょく報酬ほうしゅう学科がっか教授きょうじゅするとか、筆耕ひっこうをするとかと、奔走ほんそうをしたが、それでもうやわずのはかなき境涯きょうがい
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
が、世界で一ばん古い独立国からの旅人の眼に、この世界で一番あたらしい独立国は、ただ雪解けの荒野を当てもなくさまようようにへんにはかなく映ったのは仕方ないのだろう。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
はかない生死の約束なんかに支配されて、人間なんか下らないみじめな生物なんだ。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何と云ふはかない、いぢらしい感じでせう。泡のやうに生じてはすぐ消えて行く此の儚ない人間と云ふもののいかにも点け相な明りではありませんか。人間は本当に可哀相なものですね。
開演しさえすればとのはかないたのみに無理算段を重ねていた一行は、直に糊口ここうにも差支えるようになり、ホテルからも追出されるみじめさ、行きどころない身は公園のベンチに眠り、さまよい
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
退路を断たれ、追捕ついほの軍は迫ってきた。押勝はやむなく我が子、辛加知からかちの任地越前に逃げ、塩焼王をたてて天皇と称し、党類に叙位して士気をあおり、そのはかなさに哀れを覚えるいとまもなかった。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
今度ッくらい、自分の身の上がはかなく思われたことはないんですよ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
消えてあとなきはかなさよ
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それとも、もしやお若い心のる瀬なさにこの世をはかなみ思い詰めて、あられぬ御最期をなされはせまいか。これはこの身の自惚うぬぼれか。思い過ごしか。罪の深さよ。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あしたに生れて夕に死んで行くはかない運命の人間には厖大ばうだいな宇宙の力に対して、先天的に一種宗教的な性質を与へられてゐる事は事実です。それなしには人間は自然に対抗出来ないのです。
人間の交友まじわりのはてはみなはかな桜見つつし行きがてぬかなし
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
げに、一刻千金春宵しゅんしょうのながめよりもはかなき青春よ!
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
玉蜀黍とうもろこしはかなや実が一ツ
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
マユミを中心として描きつづける幸福な幻想に附随したはかない興味みたようなものに外ならなかったが、それでも一知は何喰わぬ顔をして明け暮れ器械イジリに熱中して
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
歌うを聴けば、はかなげに——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
同時に彼女のはかない空想を現実に満足させようとしたのと同じ心理から出た作り事で、彼女がK大耳鼻科、助教授の要職にいる人から如何に信頼を受けておったかと言う事を
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうしたはかない追憶にふけるのは、お前のために取残とりのこされているタッタ一つの悲しい特権なのだ。お前以外に、お前のそうした痛々しい追憶を冷笑しる者がどこに居るのだ……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
……わたしはねえ。失恋の結果世をはかなみて、何度も何度も自殺しかけたんですってさあ。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)