かたく)” の例文
しかしかたくなの芸術家はこうなってさえ折れようとはせず、蒼白の顔色に痙攣する唇、畳へ突いた手の爪でガリガリ畳目を掻きながら
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そんなにかたくなにならずに、ダニーロを赦してやつて下さい。この先きお父さんを苦しめるやうなことは決してしないでせうから!」
幕府がかたくなな処女のように貿易だけはというのを、脅したりすかしたりで結局物にしたその道の名外交官扱いにするのは勝手であるが
と、父皇のもとへはしっては来られぬのか。それが人の子のあたりまえな姿だろうに、何がそこまで宮をしてかたくなにしているものか。
カペエのフランス風の優雅な線に比べて、ブッシュはがっちりした風貌と、その確かさを少しもかたくなに思わせない輝きとを持っている。
自分のかたくなを、なおざりを、極端から極端へ飛んで行ってしまう自分の性質を羞じさせるような、何時にない柔かな心持が残った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そう仰しゃられますと、まことにお答えに困ります、私は百姓でございますから自然と考え方もかたくなになるかも知れませんが」
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
結局百名ばかりはかたくなにあとに残ったが、寒さと饑さとそれに人数が割れた心細さも手伝って、彼等もついにやがて農商務省の門を出た。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
翌日山本はその惡戲いたづらした友が誰であるかを打明けろと圭一郎に迫つたが彼がかたくなに押默つてゐると山本は圭一郎の頬を平手で毆りつけた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
かたくなに言ひ言ひ、皮膚に黒い斑点の浮いた褐色の筋張つた手をもがくやうにして幾の手を払ひ、揉み合ふこともあつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
可哀想に、年老いたかたくなキャプテン深谷氏は、そうして我れと我が命を落すような怪我あやまちをしでかしたのではあるまいか。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
少年はかたくなに黙っていた。彼はこういう場合はこちらがどんなにやさしく持ちかけてもいつも疑り深くなるのだった。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
それから自分がしつこく紙と鉛筆で崖路の地図を書いて教えたことや、その男のかたくなに拒んでいる態度にもかかわらず
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
このかたくなともいえる彼女の宣言、彼女の悲願を、京野等志は、はじめ軽くうけ流し、それなら、愛人のような妻ならいゝではないか、と言つてみた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
ところが定家たちにとっては、歌は彫心鏤骨ちょうしんるこつの賜物であった。かたくなな匠人気質の一徹によって、その生活を釣り換えにして得たところの抒情であった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
ぼくは、かたくなに背を向けたままのその山口に、ある敵愾心てきがいしんをかんじた。彼に目もくれず、だからぼくも一人で壁に向かい、自分だけの慶早戦をはじめた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
しかし結果は、その言葉が正しく、道理であればあるだけ相手をかたくなにさせるといふよく有勝ちなことになつた。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
母のいわゆる寃罪えんざいは堂々と新聞紙上ですすがれたが、自分のはとうとうそのままになってしまった、あの苦い経験などがますます葉子の考えをかたくなにした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
従順な、しかもかたくなな微笑びしょうである。この微笑を見ただけでもわたしは、ああ、もとのジナイーダだなと思った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
しかも、最もかたくなに抵抗しているのがその邦夷であった。彼の唇はますます深くへしまげられていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
人民も、多くはかたくなであつて、明治以来つくられた尊王の考えをすてない。それは、誠実の人民とはいえない。旧憲法時代には、それを守るのが人民の義務であつた。
世に名工俊手しゅんしゅと呼ばるる者、多く自己にのみちゅうにしてかたくななりといえども、また、関の孫六、いささかその御他聞に洩れなかったとはいえ、かれとても一派を樹立した逸才
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼と通りがかりのきれいな娘らとの間のそういう暗黙の誤解から、彼は妙にかたくなになった。
弱虫で、その癖かたくなな、人から親しみを寄せられない質の私が、こうした束縛された雑居生活に在って、なおその間を人間並みに送ることが出来たのは、その人の心の下にいたからだ。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
かくて生れつき心たけくそのうえに飲みたる酒の効き目にていっそう力も強きエセルレッドは、まことかたくなにしてよこしまなる隠者との談判を待ちかね、おりから肩に雨の降りかかるを覚えて
その後祖母の孫に對する情愛は度外れに募つて、婿の清がある會社の福岡支店長として赴任することになつても、お國の遺言をたてに、かたくなに言ひ張つて孫と共に東京に踏み留まつてゐた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
女はこう云う言葉のも、じっと神父を見守っている。その眼にはあわれみを乞う色もなければ、気づかわしさに堪えぬけはいもない。ただほとんどかたくなに近い静かさを示しているばかりである。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
赤き花見つつ涙しかたくなのこの若ものが物言はぬかも
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ただかたくなな自尊心がこの告白を妨げていたのだ。
(新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
私はかたくなで、子供のやうに我儘わがままだつた!
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
鈍根な貧乏性をかたくなに守っている吝嗇家りんしょくかのように、本多正信とぼそぼそ話していない時は、独り居室で書物などひもといている折が多かった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう言う私の言葉が、道学先生らしいかたくなさを持っていると思う人があったならば、しばらくこれを実例について見るがいい。
富美子はしばらく無言だった、かたくなに面を伏せたきり、息をしているかどうかもわからぬほどじっと身を固くしていた。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いろいろとお話をなさったようでございましたが、なにぶんかたくなな旦那様のことでお話はできず、親元へお引き取りということになったんでございます。
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
彼は息子が冤罪えんざいとばかりかたくなに信じているので、思い出せばやり場のない憤怒と絶望の念を抑え得ぬのである。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
それ百姓というもの、元来性かたくなにして凄じきものなり、集まる時はよく城を守り、散ずる時はよく廓を破る、党を結ぶにおよんでは、金銀珠玉をかえりみずして身命を
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ところが今はそのペトローヴィッチもどうやら素面しらふらしい、したがって人間がかたくなで容易には打ちとけず、はたしてどんな法外な値段を吹っかけるか、知れたものではなかった。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
「自分で行かんのならわしは錢を出さんぜ。」辰男はかたくなに云つた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
かたくなの心は、不幸でいらいらして
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
「ところが、その後は無情つれない。とんとふみの返辞もない。ひとつ御僧が参って、兼好流に小右京のかたくなを、説法してはくれまいか」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
学者気質で、少しかたくなな旦那様には、お可哀そうに、どうしても、贔屓角力の純な気持というものが、おわかりになれなかったのでございましょう……。
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それから色いろ条理をつくして説き、よく考えてみるようにと云ったが、お石はいつものおとなしい性質には似あわないかたくなさでかぶりを振りつづけた。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
又その性格破綻に近いところなどは、いよいよ彼が非凡な芸術家である所以ゆえんだとかたくなに信じ込んだ。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
八五郎はそのかたくなな感じのする後ろ姿を見乍ら、つばでも吐き度いやうな調子です。
「たっしゃ過ぎるほどたっしゃでございますが、老年ゆえかたくなになり……」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「自分で行かんのならわしは銭を出さんぜ」辰男はかたくなに言った。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
かたくなとお笑いになるかもしらぬが、ふたりはまだおおやけにゆるされている間ではありません。殊に拙者はご勘気をうけておる身……。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かたくなで負けない性分だから、視力の衰えは誰にも云わないが、目脂が溜ったり、いつも涙が出ることは隠せないし、それが彼を苛立たせ、怒りっぽくさせていた。
その感じやすい美しい情緒は、どんなかたくなな心をも動かさずにはおかないだろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
「それは、また……。余りにも、かたくなというものであろ。——では、越前どの。事件の始末を、あなたは、一体、どう処置せらるるお心じゃ」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)