隻手かたて)” の例文
彼は隻手かたてを外へ出してみた。雨はやんでいて雨水は手にかからなかった。雨がやんだのに傘をさしているのはつまらないことであった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……此処で、姉の方が、隻手かたて床几しょうぎについて、少し反身そりみに、浴衣腰を長くのんびりと掛けて、ほんのり夕靄ゆうもやを視めている。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十四五年も前の事だ、白髪だらけの正直万作、其頃はまだ隻手かたて櫓柄ろづかあげおろす五十男で、漁もすれば作も少しはする。稼ぐに追付く貧乏もないが、貧乏はただ子のないのが是れ一つ。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
をもって中央にて三叉さんさに結成し、その上に飯櫃めしびつふたを載せ、三人おのおの三方より相向かいて座し、おのおの隻手かたてあるいは両手をもって櫃の蓋を緩くおさえ、そのうちの一人はしきりに反復
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ベルセネフは叫ばすまいとして隻手かたてを口にやろうとした。それがために女をつかんだ手が緩んだ。エルマは揮り放して林に沿うて逃げた。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
衣兜かくしを探りて、金光燦燗さんらんたる時計を出だし、うやうやしく隻手かたてに捧げてはるかに新開地に向い、いやしあざけるごとき音調にて
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その電車も数多たくさんの人で、硝子ガラス窓が一処二処おりていた。その前の窓際に顔をななめにして乗っている女があった。私はいきなり隻手かたてを挙げて
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女は隻手かたてをテーブルにかけてすがるようにしていた体を起して、鉢の陰からマッチをって出した。謙作はその火に煙草をだした。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は椅子の手擦てすりもたせた隻手かたての甲の上に、口元に黄金きんを光らしたほおななめに凭せるようにしていた。と、時計が九時を打った。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「大変疲労れたとみえるね、よく眠るじゃないか」南はそう言い言い隻手かたてを女にかけながら、「ちと眼を覚したら、どう」
竇氏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
山根省三は洋服を宿の浴衣ゆかた着更きがえて投げだすように疲れた体を横に寝かし、隻手かたて肱枕ひじまくらをしながら煙草を飲みだした。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それを考えて、「本当のお母さんか、お母さんでないかは、手に触ってみたら判る、手に触らしておくれよ」と、戸の破れ目から隻手かたてを差しだした。
白い花赤い茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
讓を廊下で抱きすくめたような女と同じぐらいな年恰好かっこうをした年増の女が、隻手かたてに大きなバケツを持って左の方から来た。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
頬髯の生えた熊のような顔をした臣の一人は、ずっと寄って往って、隻手かたてを延べて不動の木像の首のあたりを掴んだ。
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女は口惜くやしくてたまらないので隻手かたてなぐりつけようとした。猫はちらちらと眼の前をかすめてどこかへ往ってしまった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
長者は隻手かたてを突いて、体を横にして聞いていたが、何時いつの間にか寝込んでしまいました。宇賀の老爺はこれを見ると小声でまた女に戯言じょうだんを云いだしました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
にっと笑いながら早速隻手かたてを突きだして、小供の胸のあたりに平手をやり、一と突きに突こうとしたが、小供は動かないで、そのはずみで己が背後うしろへよろける。
村の怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
僧も村の人のうしろから谷へおりて往って岩のはしに仰向き、菅笠すげがさを水にらさないようにと隻手かたてを笠のふちにかけて、心もち顔をらしながら口を流れに浸していた。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
年増の隻手かたては道夫の肩にかかった。道夫は待合まちあいにでも往ってるような気になって女に体をまかして往った。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
怪しい女はその物音を聞いて蘆の葉陰からすかして見た。数多たくさんの人影が眼の前にあった。あしががさがさと鳴った。女は金を包んだ風呂敷を隻手かたてにしてちあがった。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
住職は小腰を屈めながら客殿の方へ隻手かたてをさした。その眼には血みどろになった獣の屍が映っていた。
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
飯田は気が注いて隻手かたてを刀にかけた。と、慌しい跫音がして部下の一人が草鞋のまま飛んで来た。
怪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、いきなり隻手かたてで雁の首を掴み、隻手で足にからみついている繩を除けて、鳥を締め殺そうとしたが人目が気になったので、見るともなしに背後うしろの方に眼をやった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
書生は隻手かたてふところに入れて懐の中から何か出した。それは黒いたすきのように輪にした小紐こひもであった。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今にも波の中へ落ち込もうとしているのを、傍の巌角いわかどにかけた隻手かたてがやっと支えていたじゃないか、俺は吃驚びっくりして体の位置むきを変えたが、今度見るともう女子おなごは見えなかった
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
老女はこう云って男の子に近づいて、隻手かたてをその肩にやった。男の子は大きな声を出してわっと泣いた。泣いたと思うと、そのまま仰向けに引っくり返って動かなくなった。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
飛脚は隻手かたてに檜の小枝を掴み、隻手の刀を打ちおろした。狼は悲鳴をあげて下に落ちた。
鍛冶の母 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
道夫はよたよたと縁側えんがわへあがった。年増はすぐ寄って来て道夫の隻手かたてをやわりと握った。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
年増は隻手かたてを放してそれで帷をくようにして、無理やりに讓の体をその中へ引込んだ。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
宇都宮へ県庁の落成式が何時いつあるか、ないかを調べに往ってたためなんだ、鯉沼君は乱暴だね、爆弾の糸をはさみつまみ切ってたまるものかね、あの爆弾が事の破れさ、鯉沼君は隻手かたてを失うし
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
老婆は歯の抜けた歯茎を見せながらコップを持って少年の傍へ往って、隻手かたて指端ゆびさきをその口の中へさし入れ、軽がると口をすこしひらかしてコップの血をぎ込んだ。少年は大きな吐息をした。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
怪しい女は蘆を折り敷いた上に胡坐あぐらをかいて盗み集めたらしい金をかぞえていた。算えながらたれさがって来る頭髪かみ隻手かたてうるさそうにきあげていた。その指の間は蛇のうろこのようにきらきら光った。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
王は血刀を拭って鞘に収めるなり、秋月を隻手かたてに軽々と抱いて其処を走り出た。そして、足に任して歩いていると見覚えのある旅館の入口へきた。と、思う間もなく王は眼がさめたようになった。
蘇生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
壮い女は左枕に隻手かたてを持ち添えて惚々ほれぼれするような顔をして眠っていた。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
クラネクは隻手かたてげて林の方をさした。女は叫んで身もだえした。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
左側に並んだへやには、どの室にも電燈が明るくいていた。廊下を左に折れ曲って往きあたると、西洋室せいようまになってドアが締っていた。書生はそれを開けて入り、隻手かたてドアを押え、隻手でまた手招きした。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
洋服の男は隻手かたてでそれをさえぎるようにした。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)