金巾かなきん)” の例文
新しき紺飛白の単衣裾短かに、十重二十重に巻付けしかの白金巾かなきんは、腰に小山を築出して、ただみる白き垣根のゆるぎ出たらむ如くなり。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
き立てのもちを、金巾かなきんに包んだように、綿は綿でかたまって、表布かわとはまるで縁故がないほどの、こちこちしたものである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「キャラコ」のキャラは、白檀びゃくだん、沈香、伽羅きゃらの、あのキャラではない。キャラ子はキャラコ、金巾かなきんのキャラコのことである。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
吹流しの紙の鯉も金巾かなきんの鯉も積んである。その中で金巾の鯉の一番大きいのを探し出して、小兵衛は手早くその腹を裂いた。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこには小さい卓が置いてあつて、その傍に、丈の高い腕附きの椅子に、金巾かなきんの覆ひを掛けたのが二つ、手持無沙汰な風をして据ゑられてゐる。
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
羅紗らしゃ唐桟とうざん金巾かなきん玻璃はり、薬種、酒類なぞがそこからはいって来れば、生糸、漆器、製茶、水油、銅および銅器のたぐいなぞがそこから出て行って
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
千金丹と書いた白金巾かなきんの洋傘と角形の手提カバン、身装は書生の白シャツ白股引、縮の単衣の尻っぱしょりで二人連れ、往来の右と左を流しながら
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
わたくしは小石川田町の何とかと云つた呉服屋から大幅の金巾かなきんきれを買い求め、下宿に帰つて、鏡におのが姿を写し、顔をしかめて画像のモデルとした。
本の装釘 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
「五日。漸晴。午時越前敦賀湊へ著船。夕上陸御免。買物ちよき金二分二朱、金巾かなきん筒じゆばん同一分、陣中胴乱同二分一朱、戎頭巾えびすづきん同一分、つり百文。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
にんは三じやくおびつツかけ草履ぞうり仕事師しごとし息子むすこ、一にんはかわいろ金巾かなきん羽織はをりむらさき兵子帶へこおびといふ坊樣仕立ぼうさましたておもことはうらはらに、はなしはつねちがひがちなれど
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
女は手提の中から大きな白金巾かなきんの風呂敷を出して、丁寧に包んで、それから俥屋を呼ぶと新橋二五〇九と染め抜いた法被はっぴを着た、若い二十代の俥屋が這入って来た。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
斑点だらけの一枚の金巾かなきんを掲げて、こうしてずっと夜まで押しとおし——旗を収めて門を閉めるのであるが、そのうち幾軒は偶然取忘れて次の日の午前まで掲げておく。
頭髪の故事 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「何をいふか、この阿保あほッ。あの草履はそんな安いもんぢやねェ。金巾かなきんの緒がすがつてただ。」
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
例の白い金巾かなきんの兵児帯を幅広に巻着けて、手拭を肩に、歯磨粉の赤い唾をペッと吐いて
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
今から十一、二年前のことだが、私は偶然のことから気がついて生薬屋きぐすりやからいぼたを買って来た。ちょうど刀の打粉うちこのように金巾かなきんの袋に入れてレコード面にたたきつけて拭いて見た。
なんだらうと思つてすぐ飛出とびだして格子かうしを明けて見ますると、両側りやうがはとも黒木綿くろもめん金巾かなきん二巾位ふたはゞぐらゐもありませうか幕張まくはりがいたしてございまして、真黒まつくろまる芝居しばゐ怪談くわいだんのやうでございます。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
病人が眼を覚したら、この薬を飲ませてくれと、お小夜はふところにあった薬を祖母に渡して立った。そこに落ちてた金巾かなきんの切れを拾って、お小夜は手にあまる黒髪をくびのあたりに結わえた。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
金巾かなきんの白い襯衣シャツ一枚、その下には赤い筋のはいった軍服のヅボンを穿いておられたので、何の事はない、鴎外先生は日曜貸間の二階か何かでごろごろしている兵隊さんのように見えた。
今一人は年廿五六小作りにして如才じょさいなき顔附なり白き棒縞の単物金巾かなきんのヘコ帯
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
金巾かなきんやフランネルの布地きれじおもであり、その頃の、どの店でも見ない、大きな、木箱に、ハガネのベルトをした太鋲ふとびょうのうってある、火の番小屋ほどもあるかと思われる容積の荷箱が運びこまれて
「その時の君の風采ふうさいはなかったぜ、金巾かなきんのしゃつに越中褌えっちゅうふんどしで雨上りの水溜りの中でうんうんうなって……」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それっというンで佐土原屋を押しつつむと、こっちの焦りかたもいけなかったんですが、引っかかったのは店にすわって金巾かなきんをいじくっていたほんの下ッ端の五六人。
一人はかわ色金巾かなきんの羽織に紫の兵子帶といふ坊樣仕立、思ふ事はうらはらに、話しは常に喰ひ違ひがちなれど、長吉は我が門前に産聲を揚げしものと大和尚夫婦が贔屓もあり
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私はいつの間にか頑丈がんじょうな鉄のおりの中に入れられている。白い金巾かなきんの患者服を着せられて、ガーゼの帯を捲き付けられて、コンクリートの床のまん中に大の字なりに投げ出されている。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
古ぼけた金巾かなきんのビラや、小ぎたない脱ぎ捨ての衣服きものなどがだらしなく掛かっているのも、狭い楽屋の空気をいよいよ暑苦しく感じさせたが、一座のかしらのお絹が今あわただしく脱いだ舞台の衣裳は
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「五日。(八月。)雨。常徳院様御三十五日御当日に付、御遺物頂戴被仰付。如左。金巾かなきん御紋付御小袖一つ、さらし御紋付一つ、為別段べつだんとして唐桟御袴地一つ、唐更紗御布団地一つ、計四品、於御納戸頂戴。」常徳院は正寧の法諡はふしである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
平生は白い金巾かなきんの幕で、硝子戸ガラスどの奥が、往来から見えないようにしてあるので、私はその床屋の土間に立って、鏡の前に座を占めるまで、亭主の顔をまるで知らずにいた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寝台の上の寝具は洗いざらした金巾かなきん天竺木綿てんじくもめんで、戸棚の中には小桶とフライパン、その他の台所用具が二つ三つきちんと並んでいる。水棚の上も横の瓦斯ガスコンロも綺麗に掃除してある。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
窓の両側から申訳のために金巾かなきんだか麻だか得体えたいの分らない窓掛が左右に開かれている。その後に「シャッター」が下りていて、その一枚一枚のすき間から御天道様おてんとうさまが御光来である。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)