近々ちかぢか)” の例文
「嫌ではあろうが、森啓之助の所へ帰って、しばらくすなおをよそおっていて貰いたい。いずれ近々ちかぢかには、拙者も阿波へ渡るつもりだが」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど第一師団が近々ちかぢかにでかけるというンで、滅法忙しかったもンですから、ついその何で、お見舞状だけあげて置いたンでしたが。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その時また往来に、今度は前よりも近々ちかぢかと、なつかしい男の声が聞えた。と思うといつのまにか、それは風に吹き散らされる犬の声に変っていた。……
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
工学士は、井桁いげたに組んだ材木の下なるはしへ、窮屈きゅうくつに腰をけたが、口元に近々ちかぢかと吸った巻煙草まきたばこが燃えて、その若々しい横顔と帽子の鍔広つばびろな裏とを照らした。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水仙と寒菊の影、現なくうつらふ観れば、現なし、さびしかりけり。近々ちかぢかと啼き翔る鵯、遠々とほどほとひびく浪の。誰か世を常なしと云ふ、久しともかなしともへ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
見に来たの……あなた、近々ちかぢか、秋川のおじさまと結婚なさるんですって? 愛一郎さんのママになるかた、どんな方かと思って、暁子、拝見にあがったわけ
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
で、その後もかくにの窓からちる人があるので、当時いまの殿様もひどくそれを気にかけて、近々ちかぢかうちにアノ窓を取毀とりこわして建直たてなおすとか云っておいでなさるそうですよ
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女の父が夫に取っても永久に父であり得るならば知らぬこと、もう近々ちかぢかに「父」と呼ぶことも出来なくなるのに、それを今更附き合ったところで無益ではないか。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ささくれて、赤くかわいた口びるからもれ出るあの囈言うわごと……それがどうかすると近々ちかぢかと耳に聞こえたり、ぼんやりと目を開いたりするその顔が浮き出して見えたりした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
親からは近々ちかぢか当地へ来るから、その時よく相談するという返事が来たと、吉弥が話した。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
あるわたしが、ひとのいない時分じぶんに、まどからのぞくと、いろいろのお人形にんぎょうが、たなのうえかざられてありましたが、それらのお人形にんぎょうたちは、近々ちかぢかに、主人しゅじん外国がいこくかえるそうだが、たぶん
三つのお人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
髪は耳を掩ったあまりが、太い束になってうなじの下のほうまで垂れている。卵なりの顔の肌はほの白い色で、並外れて近々ちかぢかと寄り合った、茶色の眼の隅には、青ずんだ陰がよどんでいる。
重罪犯の夫婦が伝馬町でんまちょうの牢内へはいった事がある、もとより男牢と女牢とは別々であるが、ある夜女牢の方に眠りいたる女房の元へ夢の如く、亭主が姿を現わし、自個おれ近々ちかぢか年が明くから
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
「大儀であった——近々ちかぢか、もう一度行ってもらいたい」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
駒井甚三郎は、近々ちかぢかに房州へ帰らなければならぬ。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一昨日おととい、ね、函館から。もう近々ちかぢかに帰りますッて——いいえ、何日なんちという事はまらないのですよ。お土産みやがあるなンぞ書いてありましたわ」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
あれはと見る間に早や近々ちかぢかと人の形。橋の上を流るるごとく驀直まっしぐらに、蔵屋へ駆込むとひとしく、床几しょうぎの上へひびきを打たせて、どたりと倒れたのは多磨太である。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを白い白い砂浜が四周にめぐっている。私たちはその西側に直面して、今は僅かに五、六町の沖合まで近々ちかぢかと寄せて機関の運転を止めた高麗丸の船上にあるのだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
やがて、近々ちかぢかのまに、そのすね者を秀吉の膝に上げて、三河だいのさかなに赤飯を食わして見しょうぞ。ははははは。七ツ頃から人質の苦労はなめても、あれはやはり大名ッ子よ。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠くの掛軸かけじくを指し、高いところの仏体を示すのは、とにかく、目前に近々ちかぢかと拝まるる、観音勢至かんおんせいし金像きんぞうを説明すると言って、御目おんめ、眉の前へ、今にも触れそうに
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「昨年来は長々お世話に相成りましてございますが、娘——とよ近々ちかぢかに嫁にやることにいたしまして——」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
二人なるいのちの息の、おのづから触れかよふかな。親しくもゆき通ふかな。蜜柑なと一つむきてむ。近々ちかぢかと火にむかひゐむ。またすこし炭つぎ足して、さて待たむ、二日の朝の海原のあかき日の出を。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
『原惣右衛門殿が、近々ちかぢかに下向なさるとこの前の書面にあったが』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさしくその人と思うのが、近々ちかぢかと顔を会わせながら、すっと外らして窓から雨の空をた、取っても附けない、赤の他人らしい処置ぶりに、一驚をきっしたのである。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
高麗丸の灯も近々ちかぢかと綴られてる、その沖に。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
わが顔はそのおくれげのはしに頬をなでらるるまで近々ちかぢかとありながら、いかにしても指さきはその顔に届かざるに、はては心いれて、の下におもてをふせて、強くひたいもてしたるに
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
村越 (送り出す)是非近々ちかぢかに。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)