蹴込けこ)” の例文
そしていきなりそこに待ち合わしていた人力車の上の膝掛ひざかけをはぐって、蹴込けこみに打ち付けてある鑑札にしっかり目を通しておいて
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
何故なぜざまろ、可気味いゝきみだ、と高笑たかわらひをして嘲弄てうろうしない。おれてたはてたが、ふね彫像てうざうげたのは、貴様きさま蹴込けこんだも同然どうぜんだい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そして外へ出ると、時々けてもらった草花を、腕車くるま蹴込けこみへ入れて帰って来た。中庭の垣根のなかには、いろいろのものが植えられた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
車上の客は五十あまり、色赤黒く、ほおひげ少しは白きもまじり、黒紬くろつむぎの羽織に新しからぬ同じ色の中山帽ちゅうやまをいただき蹴込けこみに中形のかばんを載せたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
栄吉は問屋場の御改おあらたじょになっている小さい高台のところへ来て、その上に手を置き、吉左衛門はまたその前の羽目板はめいたに身を寄せ、蹴込けこみのところに立ったままで
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
七兵衛は棒の先で砂場へ穴を掘って、足の先で腕を蹴込けこんで、砂をかぶせて、南無阿弥陀仏なむあみだぶつをいう。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その拍子に蹴込けこんだらしい小石か何かの立てた鈍い水音を定は耳殻の後方に聞き流した。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
私は、出がけに靴をはきえて、その一足をいつものように乱雑に寝台の下へ蹴込けこんでおいたはずだ。それがいまこうして壁の切り炉のまえにきちんと揃えてある。これはいい。
ウチもその中の一人の向う脛に噛み付いてやったら、一気に海へ蹴込けこまれてしもうた。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二、三間先へ来ると、車を急にとめた。前掛けを器用にはねのけて、蹴込けこみから飛び降りたところを見ると、背のすらりと高い細面ほそおもてのりっぱな人であった。髪をきれいにすっている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見ると実際さっきの車は、雨を待っている葉柳はやなぎが暗く条を垂らした下に、金紋のついた後をこちらへ向けて、車夫は蹴込けこみの前に腰をかけているらしく、悠々と楫棒かじぼうを下ろしているのです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
煉瓦造りの江崎は別として他はペンキ塗りの洋風まがい、三尺の入口に更紗さらさ暖簾のれん、左右は箱形の硝子張りへ見本の写真、はいるとすぐ人力車の蹴込けこみのようなリノリウムの敷いてある撮影場
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
かつて、山神のやしろ奉行ぶぎょうした時、うしとき参詣まいりを谷へ蹴込けこんだり、とった、大権威の摂理太夫は、これから発狂した。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女が包みと行李とを蹴込けこみに積んで、ある晩方向島の方へ送られて行くと、間もなくお鳥がやって来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
蹴込けこみの方に向いてマッチをする、その火光あかり車夫くるまやの顔を見ますと、あなた、父じゃございませんか
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ドンと蹴込けこんでピタリと閉じたら。タッタ一呑み文句を云わせぬ。音ももなく落ち行く先だよ。娑婆しゃばの道理や人情の光りが。影もさない暗黒世界じゃ。鉄筋煉瓦やセメント造りの。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
栄吉は羽目板はめいたの上の位置から、台の前の蹴込けこみのところに立つ伊之助の顔をながめながら、長年中風をわずらっているあの叔父がここまで持ちこたえたことさえ不思議であると語っていた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
げいもねえ、あだけたことはつしやるな。成程なるほどふねいたはわるいけんど、蹴込けこんだとは、なんたることだの。」
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「何んでも構わぬ、わしは急ぐに……」と後向うしろむきにつかまって、乗った雪駄を爪立つまだてながら、蹴込けこみへ入れた革鞄をまたぎ、首に掛けた風呂敷包みを外ずしもしないでゆすっておく。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眞夏まなつ三宅坂みやけざかをぐん/\あがらうとして、車夫わかいしゆひざをトンとくと蹴込けこみをすべつて、ハツとおも拍子ひやうしに、車夫わかいしゆ背中せなかまたいで馬乘うまのりにまつて「怪我けがをしないかね。」は出來できい。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一時ひとしきりは魔の所有もの寂寞ひっそりする、草深町くさぶかまちは静岡の侍小路さむらいこうじを、カラカラといて通る、一台、つややかなほろに、夜上りの澄渡った富士を透かして、燃立つばかりの鳥毛の蹴込けこみ、友染のせなか当てした
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)