蔦葛つたかずら)” の例文
泥濘ぬかるみは、荊棘とげいばら蔦葛つたかずらとともに、次第に深くなり、絶えず踊るような足取りでありを避けながら、腰までももぐる野象の足跡に落ちこむ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
旅人は斯様こんな山中にどうして斯様こんな女がいるかと怪しみながら傍へ行こうとすると蔦葛つたかずらや、いばらに衣のからまって、容易に行くことが出来ず
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
木の根岩角へつまずいて、千仞の谷底へ転がり落ちようとし、崖の蔦葛つたかずらへつかまってやっといのちをまっとうしたことすらもあった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
短いが、蔦葛つたかずら桟橋かけはしがある。南宋画などによくある隠者いんじゃの門といった風な山荘の灯を見たのは、そこを渡って幾らも歩かないうちだった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
命をからむ蔦葛つたかずら——芭蕉さんが名句を吐いた所だ。いい景色だな、絶景だ。こういういい景色を眺めれば、誰だって歌を句をつくりたくなる。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人跡ひとあと絶えた山道には、人力車の通うすべもなかったので、二人の若い男女は、たがいに助け合いながら、蔦葛つたかずらう細道を、幾時間いくじかんとなくさまよい歩いた。
水車は川向かわむこうにあってその古めかしい処、木立こだちしげみに半ばおおわれている案排あんばい蔦葛つたかずらまとうている具合、少年心こどもごころにも面白い画題と心得ていたのである。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と思いながらフト足もとを見ますと、一本の蔦葛つたかずら垂下たれさがって、ずうっと崖の下の家の側まで行っております。
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
河幅はだんだん狭く、流れはだんだん急になり、鬱蒼うっそうと生い茂ったジャングルの木の根や蔦葛つたかずらが、ともすれば、岸を伝って行く丸木舟の邪魔をしがちであった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
岳陰荘がくいんそうと呼び、灰色の壁に這い拡がった蔦葛つたかずらの色も深々と、後方遙かに峨々ががたる剣丸尾けんまるびの怪異な熔岩台地を背負い、前方に山中湖を取めぐる鬱蒼たる樹海をひかえて
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
巨大な榕樹ようじゅが二本、頭上を蔽い、その枝といわず幹といわず、蔦葛つたかずらの類が一面にぶらさがっている。
また女子の側に於てもそうであって、木にまつわ蔦葛つたかずらで、女子は決して独立することの出来ぬものとの思想から、嫁して夫に養うてもらうのが当然である如くに考えている。
夫婦共稼ぎと女子の学問 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
むかしはどんなにか結構を極めていたのであろうが、今は凄じく荒れ果てゝ、地面には雑草が生いしげり、木々の幹には蔦葛つたかずらつるが網のようにからみ着いているのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
前後あとさきに次第に高くなって、白いふくろ、化梟、蔦葛つたかずらが鳥の毛に見えます、その石段をじるのは、まるで幻影まぼろしの女体が捧げて、頂の松、電信柱へ、竜燈があがるんでございました。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玉垣たまがきをめぐらしたその小高い御陵は、鬱蒼うっそうたる雑木におおいつくされ、昼なお暗い樹間には、いにしえ栄耀えいようを思わすごとく蔦葛つたかずらの美しく紅葉して垂れさがっているのが仰ぎ見られた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
蔦葛つたかずら生い茂った薔薇色の円柱林立して空を圧して公会堂風の大建築物がそそり立つ!
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そこは、虎でもくぐれそうもない蔦葛つたかずらの密生で、空気は、マラリヤをふくんでどろっと湿っけている。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
逃げて来る前に、「山の会堂」の祭壇にあった燈明でも仆して来たのか、蔦葛つたかずらをよじ登って断崖の上に立ってみると、盆地の底からまっ黒な煙が渦をまいてき揚ッている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二郎は種々いろいろな空想を浮べていた……合歓の木の下にしげっている蔦葛つたかずらなかで、虫が鳴いている。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
鬱蒼たる老樹の幹には蔦葛つたかずらの葉が荒布あらめのようにからみ着き、執念深く入り乱れた枝と枝とは参差しんしとして行く手の途を塞ぎ、雑草灌木の矢鱈無上に繁茂した湿っぽい地面につゝまれて
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
其の葉の隙から時々白く、殆ど銀の斑点はんてんの如く光って見える空。地上にも所々倒れた巨木が道を拒んでいる。攀上よじのぼり、垂下り、絡みつき、輪索わなを作る蔦葛つたかずら類の氾濫はんらんふさ状に盛上る蘭類。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
このあたりは春日山麓かすがさんろくの高燥地帯で、山奥へ通ずるそのゆるやかな登り道は、両側の民家もしずかに古さび、崩れた築地ついじ蔦葛つたかずらのからみついている荒廃の様が一種の情趣を添えている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
だが、千じんの深さともたとうべき峡谷きょうこくには、向こうへわたる道もなく、蔦葛つたかずら桟橋かけはしもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大懶獣草メガテリウム・グラスこうしほどの葉や、スパイクのようなとげをつけた大蔦葛つたかずらの密生が、鬱蒼うっそうと天日をへだてる樹葉の辺りまで伸びている。また、その葉陰はかげ倨然きょぜんとわだかまっている、大だこのような巨木の根。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
陝西省せんせいしょうへ出るには有名な剣閣の嶮路を越えねばならず、南は巴山はざん山脈にさえぎられ、関中に出る四道、巴蜀へ通ずる三道も嶮峻巍峨けんしゅんぎがたる谷あいに、橋梁をかけ蔦葛つたかずらの岩根を
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほとんど狂気のように叱咜しったしてまわったが、なにせよ、身をぼっすばかりな深山笹みやまざさ、杉の若木、蔦葛つたかずらなどがいしげっているので、うごきも自由ならずさがしだすのもよういでなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喰い終る頃、うっすらと、下の谷間は霧がれかかって来た。敵の搦手からめてだ。——しょく桟道かけはしを思わすような蔦葛つたかずらの這った桟橋かけはしが見える。絶壁が見える。巨大な青苔あおごけえた石垣やらさくなども見える。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)