脳裏のうり)” の例文
旧字:腦裏
もし彼の脳裏のうりに一点の趣味をちょうし得たならば、彼はく所に同化して、行屎走尿こうしそうにょうの際にも、完全たる芸術家として存在し得るだろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暗闇のなかにある自分の姿が、あまりにありありと脳裏のうりに描きだされる。武士と見えたならば、腰にある刀のおかげでしかなかろう。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
だから妾は、幼い日の故郷の印象を脳裏のうりにかすかに刻んでいるだけで、あの夢幻的な舞台がこの日本国中のどこにあるのやら知らないのであった。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
イバンスの脳裏のうりには、なにかひらめくものがあった、凶漢きょうかん三人は路を迂回うかいして、ニュージーランド川のほとりから、左門洞を攻撃こうげきしているのではあるまいか?
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
同じ炯眼けいがんの士があって、単身阿波へ入り込んだという噂——またそれが、甲賀世阿弥ということも、ほのかに聞いていたので、二人は今なおその名が深く脳裏のうりにあった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人は以上いじょうの話を総合そうごうしてみて、残酷ざんこく悲惨ひさん印象いんしょうを自分の脳裏のうりきんじえない。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
見るより左膳、たちまち脳裏のうりにひらめいたものあるごとく
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
空想は空想の子である。もっとも繁殖力に富むものを脳裏のうりに植えつけた高柳君は、病の身にある事を忘れて、いつの間にか先生の門口かどぐちに立った。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この種の人造人間ロボットは、いつから人間の脳裏のうりに浮びあがったかというと、それは随分と古いものらしい。ギリシャ神話の中にもそれがあったように思う。
人造物語 (新字新仮名) / 海野十三(著)
襟を正して道義の必要を今更のごとく感ずるから偉大なのである。人生の第一義は道義にありとの命題を脳裏のうりに樹立するがゆえに偉大なのである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで彼女は、一行の前をすりぬけ、かねて勉強しておいた洞内の案内図を脳裏のうりに思い浮べ、最短通路を通って、第三十九号室へとびこんだのであった。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
風紀ふうきのと云う感じはことごとく、わが脳裏のうりを去って、ただひたすらに、うつくしい画題を見出し得たとのみ思った。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
光枝は、帆村と抗争こうそうしながら、そのとき脳裏のうりに電光の如くひらめいたものがあった。それは、わき衝立ついたての向うに、なにか手の放せない仕事をしているといった男のことを思い出したのだ。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
在来の鋭どき感じをけずって鈍くするか、または新たに視界に現わるる物象を平時よりは明瞭めいりょう脳裏のうりに印し去るか、これが普通吾人の予期する対照である。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まるで盲人が、永い人生を通じて只一回、それもほんの一瞬間だけ目があき、そのとき観たという光景がまざまざと脳裏のうりきついたとでもたとえたいのがこの場合、妾のはらからに対する記憶である。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
奴隷をもって甘んずるのみならず、争って奴隷たらんとするものに何らの理想が脳裏のうり醗酵はっこうし得る道理があろう。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と云ったとき大隅の脳裏のうりに突然チラリとかすめたものがあった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
余が博士を辞する時に、これら前人ぜんじんの先例は、ごうも余が脳裏のうりひらめかなかったからである。——余が決断を促がす動機の一部分をも形づくらなかったからである。
かれつたへやなかで、一二度あたまを抑えてうごかして見た。彼はむかしから今日こんにち迄の思索家の、しばしばかへした無意義な疑義を、又脳裏のうり拈定ねんていするに堪えなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
希臘語ギリシャごを解しプレートーを読んで一代の碩学せきがくアスカムをして舌をかしめたる逸事は、この詩趣ある人物を想見そうけんするの好材料として何人なんびと脳裏のうりにも保存せらるるであろう。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
忍び込むが重なるにつけ、探偵をする気はないが自然金田君一家の事情が見たくもない吾輩の眼に映じて覚えたくもない吾輩の脳裏のうりに印象をとどむるに至るのはやむを得ない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この一片に誘われて満洲の大野たいやおおう大戦争の光景がありありと脳裏のうり描出びょうしゅつせられた。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは追ってとくと考えた上、猫の脳裏のうりを残りなく解剖し得た時改めて御吹聴ごふいちょうつかまつろう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
猫も馬鹿に出来ないと云う事を、高慢なる人間諸君の脳裏のうりに叩き込みたいと考える。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれ脳裏のうりには、今日けふ日中につちうに、かはる/″\あとを残した色彩が、ときの前後とかたちの差別を忘れて、一度にらついてゐた。さうして、それがなにの色彩であるか、何の運動であるかたしかにわからなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
セピヤ色の水分をもって飽和ほうわしたる空気の中にぼんやり立って眺めている。二十世紀の倫敦がわが心のうちから次第に消え去ると同時に眼前の塔影がまぼろしのごとき過去の歴史を吾が脳裏のうりえがき出して来る。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
せんじつめたものを脳裏のうりに呼び起すことができると。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)