消失きえう)” の例文
かく我に語りて後、かれはアーヴェ・マリーアを歌ひいで、さてうたひつゝ、深き水に重き物の沈む如く消失きえうせき 一二一—一二三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
……おなつかしい皆様……お名残り惜しゅう御座いますが天川呉羽は、もうコレッキリ永久に皆様の前から消失きえうせなくてはなりませぬ。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今は、それが紙切れなどではなくて、一箇の人間の首が、全く出入口のない部屋の中から消失きえうせたではないか。いや、首どころではない。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これを聞いてかれは思わず手を差延べて、いだこうとしたが、触れば消失きえうせるであろうと思って、悚然ぞっとして膝に置いたが、打戦うちわななく。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名物の煎餅屋せんべいやの娘はどうしたか知ら。一時跡方あとかたもなく消失きえうせてしまった二十歳時分はたちじぶんの記憶を呼び返そうと、自分はきょろきょろしながら歩く。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かかるうちにも心にちとゆるみあれば、煌々こうこう耀かがやわたれる御燈みあかしかげにはかくらみ行きて、天尊てんそん御像みかたちおぼろ消失きえうせなんと吾目わがめに見ゆるは、納受のうじゆの恵にれ、擁護おうごの綱も切れ果つるやと
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ただ一人の弟は敵塁てきるい深く屍をまかして、遺骨をも収め得ざりし有様、ここに再び旧時の悲哀を繰返して、断腸の思未だ全く消失きえうせないのに、またおのが愛児の一人を失うようになった。
我が子の死 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
汚れたかわら屋根、目にるものはことごとせた寒い色をしているので、芝居を出てから一瞬間とても消失きえうせない清心せいしん十六夜いざよい華美はでやかな姿の記憶が
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところへ、千種ちぐさはぎ/\の股引もゝひきで、ひよいとかへつてたのはあにじやひと元太郎もとたらうで。これをると是非ぜひはず、だまつてフイと消失きえうせるがごとしまつた。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
まるで神隠しにでも遭ったように、空気の中へ溶け込んででもしまったように、彼は、その日限り、つまり四月十三日限り、この世界から消失きえうせたのであった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それが白々とした月光の下で、煙の様に消失きえうせてしまったと思うと、俄にゾッと気味が悪くなった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
紅茶と珈琲とはそのあじわいなかばは香気に在るので、若し氷で冷却すれば香気は全く消失きえうせてしまう。然るに現代の東京人は冷却して香気のないものでなければ之を口にしない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これが空蝉うつせみになって、二人は、裏の松山へ、湯どのから消失きえうせたのではなかろうか——仰山ぎょうさんなようであるが真個まったく……勝手を知った湯殿の外までそっと様子を見に行ったくらいです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
れた樹木じゆもくかわいた石垣いしがきよごれた瓦屋根かはらやね、目にるものはこと/″\せた寒い色をしてるので、芝居しばゐを出てから一瞬間しゆんかんとても消失きえうせない清心せいしん十六夜いざよひ華美はでやかな姿すがた記憶きおく
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
不思議は、青山の怪屋で、唇のない男が、三たび消失きえうせたことばかりではなかった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
五位鷺ごいさぎ飛んで星移り、当時は何某なにがしの家の土蔵になったが、切っても払っても妄執もうしゅう消失きえうせず、金網戸からまざまざと青竹が見透かさるる。近所で(お竹蔵たけぐら。)と呼んでおそれをなす白壁が、町の表。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつ見納みおさめになっても名残惜しい気がしないように、そして永く記憶から消失きえうせないように、く見覚えて置きたいような心持になり、ベンチから立上って金網を張った垣際へ進寄すすみよろうとした。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
消失きえうせた令嬢
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)