根津ねづ)” の例文
この時根津ねづ茗荷屋みょうがやという旅店りょてんがあった。その主人稲垣清蔵いながきせいぞう鳥羽とば稲垣家の重臣で、きみいさめてむねさかい、のがれて商人となったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それから谷中やなかへ出て、根津ねづを回って、夕方に本郷の下宿へ帰った。三四郎は近来にない気楽な半日を暮らしたように感じた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
飯炊めしたきのお三の父親は、根津ねづの大工で、重三郎に借りた金のことから、二年前大川へ身を投げて死に、お三はその借金をし崩しに払うために
銭形平次捕物控:130 仏敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
根津ねづ七軒町しちけんちょう皆川宗悦みながわそうえつと申す針医がございまして、この皆川宗悦が、ポツ/\と鼠が巣を造るように蓄めた金で、高利貸を初めたのが病みつきで
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
根津ねづの低地から弥生やよいおか千駄木せんだぎの高地を仰げばここもまた絶壁である。絶壁のいただきに添うて、根津権現ごんげんの方から団子坂だんござかの上へと通ずる一条の路がある。
私は例の汚い縞木綿しまもめんの風呂敷包を片手に、傘もささずに、焼けつく日光に直射されながら例の通り、ただぶらぶらと野良犬のように、根津ねづ八重垣町やえがきちょうあたりを歩いていた。
付よと申わたされしに付役人は八方にまなこくばり諸所をたづねしに一かうれざりしが原田平左衞門と云市中しちう廻の同心どうしん或夜亥刻よつどきすぎ根津ねづの方よりかへかけいけはた來懸きかゝりしに誰やらん堀をこえかき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
全く、関東の何処どこにもない情緒と温味のある自然であり、春ののどやかさと初秋の美しき閑寂さは東京の下谷したや根津ねづ裏で下宿するものにとっては、誘惑されるのも無理でない事なのだ。
根津ねづへ戻って恭次郎さんの家へ行ってみようかとも思うけれど、節ちゃんにまた泣きごとを云いそうなのでやめる。朝の新鮮な空気の中を只むしょうに歩く。大学の前へ行ってみる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
根津ねづ辺の汚い下宿屋で極めて不規則な生活を送っている。一日何もしないで煙草ばかり吹かして寝たり起きたり四畳半に転がっている事もあれば、朝から出かけて夜の二時頃まで帰らぬ事がある。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ある時は根津ねづ旗亭きていでの食事。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それから谷中やなかへ出て、根津ねづまはつて、夕方に本郷の下宿へ帰つた。三四郎は近来にない気楽な半日を暮した様に感じた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
根津ねづの大町人、公儀御用達を勤むる石川良右衛門で、諸大名はいうに及ばず、公儀御腰物方の御用までも取次ぎ、長い間ともどもに結構な利分を見ていたのでした。
いつもに変らず根津ねづの清水のもとから駒下駄こまげたの音高くカランコロン/\とするから、新三郎は心のうちで、ソラ来たと小さくかたまり、ひたいからあごへかけて膏汗あぶらあせを流し
下谷佐竹ヶ原、根津ねづ入谷いりや芝愛宕下しばあたごした、小石川柳町、早稲田鶴巻町わせだつるまきちょう辺、いづれも話には聞きたれど、これらは親しく尋ね究むる暇なかりしものなればここには記さず。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
と私の家の向いはがけで、根津ねづへ続く低地に接しているので、その崖の上には世にう猫の額程の平地しか無かった。そこに、根津が遊郭ゆうかくであった時代に、八幡楼やはたろうの隠居のいる小さい寮があった。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
急いで根津ねづの通りへ出ると、松田さんが酒屋のポストの傍で、ハガキを入れながら私を待っていた。ニコニコして本当に好人物なのに、私はどうしてなのかこのひとにはムカムカして仕様がない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
美禰子の立っている所は、この小川が、ちょうど谷中の町を横切って根津ねづへ抜ける石橋のそばである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
当時入谷には「松源まつげん」、根岸に「塩原しおばら」、根津ねづに「紫明館しめいかん」、向島に「植半うえはん」、秋葉に「有馬温泉」などいう温泉宿があって、芸妓げいぎをつれて泊りに行くものもすくなくなかった。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さて此の医者の知己ちかづきで、根津ねづ清水谷しみずだに田畑でんぱたや貸長屋を持ち、そのあがりで生計くらしを立てゝいる浪人の、萩原新三郎はぎわらしんざぶろうと申します者が有りまして、うまれつき美男びなんで、年は二十一歳なれどもまだ妻をもめとらず
今朝けさの事だから、まだ出ていないかも知れない。」と歩きながらまず『毎夕』をひろげて見て、「根津ねづの松岡がやられたんだ。芳沢旅館の事は出ていないが、やッぱりその巻添いだろう。」
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると運悪くその胴着にしらみがたかりました。友達はちょうどさいわいとでも思ったのでしょう、評判の胴着をぐるぐると丸めて、散歩に出たついでに、根津ねづの大きな泥溝どぶの中へててしまいました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
既ち小石川柳町こいしかはやなぎちやう小流こながれの如き、本郷ほんがうなる本妙寺坂下ほんめうじさかした溝川みぞかはの如き、団子坂下だんござかしたから根津ねづに通ずる藍染川あゐそめがはの如き、かゝる溝川みぞかはながるゝ裏町は大雨たいうの降るをりと云へばかなら雨潦うれうの氾濫に災害をかうむる処である。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
即ち小石川柳町こいしかわやなぎちょう小流こながれの如き、本郷ほんごうなる本妙寺坂下ほんみょうじざかしたの溝川の如き、団子坂下だんござかしたから根津ねづに通ずる藍染川あいそめがわの如き、かかる溝川流るる裏町は大雨たいうの降る折といえば必ず雨潦うりょうの氾濫に災害をこうむる処である。