斟酌しんしゃく)” の例文
ああ、それも売物じゃいうだけの斟酌しんしゃくに違いないな。……お客様に礼言いや。さ、そして、何かを話しがてら、御隠居の炬燵こたつへおいで。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あまり負かしては気の毒だと思って斟酌しんしゃくしますと、勘がよいのですからすぐ悟って、「もうおやめにしましょう」といわれるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
恋人の冷淡に思われることも地理的に斟酌しんしゃくをしなければならないと、しいて解釈してみずから慰めることなどもできなくなって
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その上小林は斟酌しんしゃくだの遠慮だのを知らない点にかけて、たいていの人にひけを取らないように、天から生みつけられた男であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その事は彼れの病気に大きい支障を来すおそれがあるので、私は慌てて口をつぐみ、あまり斟酌しんしゃくなく話し込んだ事を此の上もなく後悔した。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
実は少しく思うところござって至急木曽へ立ち帰りますれば、その辺よろしくご斟酌しんしゃくの上構わずお引き取りくだされますよう。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そんなご斟酌しんしゃくは要りません。吉岡の侍と分っていればなおさらのことです、私が怖がる意味は少しもありません。……さあまいりましょう」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしソクラテスにして、何彼なにか斟酌しんしゃくばかりして、思う事も遠慮していわなかったとするならば、世界はまあどれほどの大損失であったことだろう。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼は何事をも早急にとがむることなく、また周囲の事情を斟酌しんしゃくせずして咎むることがなかった。彼はいつも言った、誤ちが経てきた道を見てみよう。
皇国固有の国体と万国公法とを斟酌しんしゃくして御採用になったのも、これまたやむを得ない御事であると心得よと告げてある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
各種にわたった技術家諸職工等を招きそれらの考えを聞き、自分の考えと参考斟酌しんしゃくして概略のところをまず決定されておられたようなことであった。
これでお仕舞いだからといって、教授連中は斟酌しんしゃくしてくれない。出来ないものを卒業させると学校の信用に関するから、進級試験よりもむしろ厳重だ。
恩師 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
此方こちの心が醇粋いっぽんぎなれば先方さきの気にさわる言葉とも斟酌しんしゃくせず推し返し言えば、為右衛門腹には我を頼まぬが憎くていかりを含み、わけのわからぬ男じゃの
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
辺疆へんきょうノ責ニ任ズル者能クコノ篇ヲ熟読シ以テ斟酌しんしゃくシテコレヲ用レバ則チソノ実用アルイハ孫呉ニ倍セン。今二人アリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それに被告人の平素の行状なんてものも盛んに斟酌しんしゃくされての上なんです……しかし、むろん、福田きぬの証言が判決に大きな影響を与えたことは、ま
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
今までの手口から見て、無恥で、残酷で、手加減も遠慮もないところを見ると、どう斟酌しんしゃくして考えても、人間らしい心の持主とは思えなかったのです。
出来上ったら水嚢すいのうして塩を加えて病人に与えます。その濃さ加減は病人によって斟酌しんしゃくしなければなりません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
サン いざ鬪爭けんくわとなりゃ、そんな斟酌しんしゃくらんこっちゃ。男共をとこどもたゝきみじいたら、女共をんなどもをもやっつけてくれう。
ところがそれではあまり乱暴すぎる、両親にはもう少し斟酌しんしゃくしなくちゃ、手紙だってもう少し穏やかに書かなくちゃと言って、非難するものがあったのです。
何うぞわたくしが先祖への孝行にもなる事でございますから、この絵図面を斟酌しんしゃくして一骨ひとほね折ってはくださるまいか
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
故に原始的刑法の盗罪に対する公権力制裁においては、この点を斟酌しんしゃくして、相当の区別を設けるのでなくては、もって私力的制裁に代わるに足りないのである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
こういう道義的アナーキズム時代における人の品行は時代の背景を斟酌しんしゃくして考慮しなければならない。
「それは念には及び申さぬ、なまじ斟酌しんしゃくして射損ずるよりは、いささかも遠慮せず一矢に射落し候え」
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
併し、法律はそんなことを斟酌しんしゃくしてくれない。第一証拠がないのだ。僕の妻はその空家へ行ったことを否定している。到底僕の為に有利な証言をしてくれる筈はない。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
日本では中流以上の女は舞踏歩行は勿論、真直に立つて居る場合すら少いのであるから「運動を見せる」といふ一点で日本服を論ずるのは斟酌しんしゃくをせねばならぬ処がある。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しからばこのもといってさらに斟酌しんしゃくを加えば、いくらも妙策あるべし。また懐徳堂には霊元上皇宸筆しんぴつの勅額あり。このもといに因りさらに一堂を興すもまた妙なりと小林いえり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「いやその斟酌しんしゃくには及ばない、このほうにはお志だけで充分でござる、失礼ながら暫く……」
金五十両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「わたくしめになら、ご斟酌しんしゃくはいらぬこと。風に吹かれて、のどかに休息しております」
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ここは広くこしらえなければならぬとなるとチャンと芝居のしいいように斟酌しんしゃくして下さる。
久保田米斎君の思い出 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その日における牛の機嫌とか、闘志とかを観察斟酌しんしゃくして、相手を定めるのである。つまり甲牛の戦歴、力量を基本とし、きょうの条件ならば、乙牛と組合わせるのが適当であろう。
越後の闘牛 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その辺のところを十分に御斟酌しんしゃく下すって、お聴き取りを願いましたならば、このお話がヨタか、ヨタでないか……精神病患者のスバラシイ幻想イリュウジョンか、それとも正気の人間が告白する
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ソレから私は色々な原書を集めて警察法に関する部分を飜訳ほんやくし、つづり合せて一冊にしたため早々清書して差出した所が、東京府ではこの飜訳をたねにしてお市中の実際を斟酌しんしゃくし様々に工風くふうして
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
農場において増殖し得られるものでもないという原理を斟酌しんしゃくせねばならぬ。
いささか同情を表したり斟酌しんしゃくを加えたりできるのが、誰に限らずいい気持だったのである。しかしこの楽しみにほんとは充分加わり得る人たちの中にも、仲間入りをしない者がいくらかあった。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
その他人を何の斟酌しんしゃくなくち襲う虎をコンベオと名づけ人また何の遠慮なくこれを撃ち殺す、しかし虎が網にかかったり機に落ちたりして即座にオンコプだかコンベオだか判りにくい事が多いから
私は、年少の友に対して、年齢の事などちっとも斟酌しんしゃくせずに交際して来た。年少の故に、その友人をいたわるとか、可愛がるとかいう事は私には出来なかった。可愛がる余裕など、私には無かった。
散華 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それらを多少斟酌しんしゃくして、この際私からお礼をするつもりでいます。
小作人への告別 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
源氏物語の文体は決して浮華虚飾のものでない。軽率に一見すると、修飾の多過ぎる文章かと誤解するが、それは当時の制度習慣、また宮廷生活の要求する言葉づかいのあることを斟酌しんしゃくしないからである。
『新訳源氏物語』初版の序 (新字新仮名) / 上田敏(著)
おかみさんはしかし、その事情を斟酌しんしゃくしなかった。そして言った。
「貴殿方の御好意はよく分かっている。そのお心なればこそ、拙者に中座せよといわれたのであろう。しかし、先ほども申した通り、私事は私事、公事は公事。この場合左様な御斟酌しんしゃくは、一切御無用に願いたい」
仇討禁止令 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
バグリオーニの意見を大いに斟酌しんしゃくしたであろう。
が、相手は、斟酌しんしゃくがない——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
個人の自由と情実をごう斟酌しんしゃくしてくれない器械の様な社会があった。代助にはこの社会が今全然暗黒に見えた。代助は凡てと戦う覚悟をした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(俺のようになってはお終いだ。向こうを推量しこっちを斟酌しんしゃくし、法を冷厳に行うかと思うと、時々詩文に逃げたりする)
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けれど李逵にはそんな斟酌しんしゃくもない。娘に酌させて、悪ふざけをしているうちに、何が気に入らなかったのか、娘をキャッと昏倒させてしまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「弁官はまた特別に御用が多いから、忠誠ぶりを見ていただけないからといっても、少しは斟酌しんしゃくしていただかないでは」
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
互いの事情を斟酌しんしゃくする必要がそこから起こって来る。それには「真知」をもってせねばならない。そもそも外国人は何のために日本へ来るのであるか。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また全館のうち、帳場なり、客室きゃくまなり、湯殿なり、このくらい、辞儀じぎ斟酌しんしゃくのいらない、無人むにんきょうはないでしょう。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家中総がかりでおだて上げるのだから、余程素質が好くないと、立派な馬鹿旦那になってしまう。菊太郎君もその辺を斟酌しんしゃくして考えたのか何うか知らないが
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
説明であり、忠告であり、多少横柄な斟酌しんしゃくであって、非難と容赦とを交じえているので自ら英知であると信じてはいるが、多くは半可通にすぎないものである。