文化ぶんか)” の例文
なぜなら、かれおおきな都会とかいほど、文化ぶんか発達はったつし、芸術げいじゅつさかんであり、それによって自分じぶん成長せいちょうさせることができるとかんがえたからです。
しいたげられた天才 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おな日本につぽん石器時代せつきじだい人々ひと/″\のおたがひ交通こうつうとか、文化ぶんか關係かんけいなどをるには、土器どき模樣もようかたちなどを研究けんきゆうすることが必要ひつようであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
然れども文化ぶんか初年長崎赴任の後駿河台するがだいに移り住みし頃より再び文壇に接近し『南畝帖千紫万紅なんぼちょうせんしばんこう』『南畝莠言ゆうげん』等の出板しゅっぱんを見るに至れり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
抽斎はその数世すせいそんで、文化ぶんか中に生れ、安政あんせい中に歿ぼっした。その徳川家慶いえよしに謁したのは嘉永かえい中の事である。墓誌銘は友人海保漁村かいほぎょそんえらんだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
少なくとも文化ぶんか文政ぶんせい頃まではさかのぼろうと思う。極めて多量に生産せられたそろいものであって、販売せられた分布区域もはなはだ広汎こうはんである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あるひ飮食店いんしよくてんける揚物あげものあぶらあるひはせるろいど工場こうじようなど、文化ぶんかすゝむにしたがひ、化學藥品かがくやくひんにして發火はつか原因げんいんとなるものが、ます/\えてる。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
これは伊那地方の村民総代と木曾谷にある下四宿の宿役人との間に取りかわされた文化ぶんか年度以来の契約である。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
外国がいこくのすすんだ文化ぶんか思想しそうをしょうかいし
その結果けつか滿洲まんしゆうから朝鮮ちようせん日本につぽんおよび、それで日本につぽんはじめて支那しな金屬きんぞくつたへて、石器時代せつきじだい文化ぶんかから金屬器時代きんぞくきじだい文化ぶんかすゝむことになりました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
これは文化ぶんかひらけてからあまおほくの年數ねんすうない場所ばしよたとへば北海道ほつかいどうなどの死火山しかざんにはありべきことである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
文化ぶんか以降北斎の円熟せる写生の筆力は往々おうおう期せずして日本画古来の伝統法式より超越せんとする所あり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また支那しなあたりからはひつて文化ぶんかのほかに、むかしから日本人につぽんじんつてをつた固有こゆう文化ぶんか趣味しゆみが、やはりのこつてゐたことがられるのです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
春信でて後、錦絵は天明てんめい寛政かんせいに至り絢爛けんらんの極に達し、文化ぶんか以後に及びてたちま衰頽すいたいかもすに至れり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これは文化ぶんかすゝんだくにとしては地震ぢしん見舞みまはれる機會きかいおほいからにもよるのであるが、なほ一因いちいんとして明治維新後めいじいしんご、わがくに文化開發事業ぶんかかいはつじぎよう補助者ほじよしやとして招聘しようへいした歐米人おうべいじんが、おほくは其道そのみちおい
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)